休日の繁華街──にはやや似つかわしくない、珍しい姿がそこにあった。
 祭りでもないのに片手にはたこ焼きを持ち、空いたもう片方には香ばしい匂いのする箱の入ったビニール袋をさげている。
 異世界ウィルダネスからきた異能者トーコである。
「ちょっとあんたたち。早く来ないと荷物増やすわよ」
 実に満足そうにたこ焼きを平らげながら、トーコは背後を振り返る。
 やや大きめのダンボールを抱えながら、腕からビニール袋をいくつも下げている少年──もとい、本日は下僕の2人。御剣志狼と風雅陽平が凄まじく不機嫌そうな顔つきで付き従っていた。
「これ以上増やされたら死ぬっての…」
「そもそもあんな言葉にさえノらなけりゃこんなことには…」
 2人の言葉に、トーコの口元がにやりと緩む。
 ことの発端は先日の夜。トーコにゲームをやらないかと誘われたことから始まる。
 ウィルダネスのゲームというものにも興味はあったし、それ以上に勝者の言葉は絶対≠ニいう条件が2人をその気にさせた。
 日頃、トーコの素晴らしい──もとい、激しいスキンシップには手を焼かされている2人だ。これを機にやめさせようと考えたまでは良かったが…。
「なんだって10回やって1回も勝てねぇんだよ」
 ボヤく陽平に志狼な目幅の涙を流しながら頭を振る。
「正々堂々という言葉を信じた俺たちが甘かった…」
 ウィルダネスのゲームだけに異能アリというとんでもない内容だったわけで…
「あんたたちはめでたくあたしの一日下僕となりましたとさ」
「「めでたくねぇよッ!!」」
 1人上機嫌のトーコに、口から火を吐く勢いでツッコむ2人。しかし一日女王様に勝てるはずもなく…
「いーのよ〜。ここで3べん回ってワン♪ って可愛く鳴いてもらっても」
 この人ごみでそんなことさせられてたまるか。
 今日を、今日という日を乗り越えれば、明日からはいつもと変わらない毎日が還ってくる。
(耐えろ、耐えるんだ…)
(ああ、2人なら耐え抜けるさアミーゴ…)
 心の汗を流しながら2人の少年勇者は今日という日を強く生き抜くことを誓い合うのだった。






もうひとりの…







「ほ〜ら、置いてくわよ。キリキリ歩け〜」
 そう言いながらも、置いていく気満々の人間に追いつけるはずもなく、トーコの声は人ごみの向こうから聞こえてくる。
 身軽な時でさえ、トーコを捉えることは容易ではないというのに、これだけの荷物を抱えている以上、置いていかれるのは当たり前。
 小さくため息をついた2人は互いに顔を見合わせると、小走りでトーコの背を追いかけた。
「ったく、どこまで先にいっちまったんだよ」
 陽平の呟きに志狼は知らんとばかりに頭を振る。
「にゃろぉ。トーコのヤツ、ふざけやがってぇ…」
「すっ、すみません!」
 陽平が苦笑しながらボヤいた瞬間、どういうわけか目の前にいた女性が頭を下げた。
「あたしドジだから。ぶつかったことに気づかなくて!本当にすみませんッ!」
 まくし立てるようにそう告げる女性に、さすがの陽平も意味がわからないとばかりに首を傾げる。
「陽平、知り合いか?」
「いんや。全然知らねぇ」
 2人の会話が聞こえたのか、頭を下げた当人がおそるおそる顔をあげる。
 その瞬間、志狼と陽平の表情が驚愕のまま凍りついた。
「と、トーコぉ?」
「いったいなんの冗談だよ…」
 驚いた事に、不安げな表情で頭を下げた女性の顔は、2人が今し方見失ったトーコと瓜二つであった。
 しかし明らかにトーコではない。失礼な話、2人の知るトーコはこんな弱々しい表情は見せなければ、こんないかにも女性らしい格好をするとは考え難い。
「あ、あの…」
 まじまじと見られたのが恥ずかしかったのか、トーコによく似た顔の女性は困ったような表情で呟いた。
 そう、呟いたのだ。その聞こえるか聞こえないか微妙な声量に、思わず陽平が苛立ちの表情を見せる。
「ご、ごめんなさい!」
「………」
 そんな反射的に謝られても困る。
 どうする?、と顔を見合わせる志狼と陽平は、とりあえず手にした荷物をその場に下ろす。
「くおぉらあぁぁっ!!誰が下ろしていいなんか言ったぁ!!」
「「「すっ、すみませんッ!」」」
 途端、猛スピードで接近してくる野獣の雄叫びの如き声に、その場にいた3人が同時にピンッ、と直立した。
「あんたら犬はともかく…。なんであんたまで謝るの?」
 トーコがトーコそっくりの顔を覗き込むの図。そのえらくシュールな光景に、志狼と陽平は内心で苦笑を浮かべる。
 というか、犬とはなんだ犬とは。
「ちょっとあんたたち。誰よこれ?」
「いや、その前に驚くトコがあンだろ!?」
 思わずツッコむ陽平に、志狼もハハハ、と乾いた笑いを漏らす。
「そういやそうだった。あんたもいつまで頭下げてんのよ」
「いや、それもチガウだろ!?」
 やはりツッコむ志狼にトーコは不満の声を漏らす。
「じゃあいったいどこに驚けってのよ!」
 逆ギレされた。
「いや、いくらなんでもお前ら似すぎだろ!」
「そーお?」
 陽平の言葉に、トーコはもう1人の自分をしげしげと覗き込む。
「ねぇ、あたしってどんな顔だっけ?」
 トーコの言葉に志狼と陽平がコケた。
 まぁ、無理もない。自分の顔など、普段は鏡くらいでしか見ることはないのだ。
 写メールやプリクラやその他記念などに残しておく媒体はこの際、気にしないでおくとしても、だ。
「でもさ、それだけ似てると双子みたいだよな」
 身近に双子は数いれど、他人同士でここまで似ているというのはなかなかお目にかかれるものではない。
 志狼の言葉になにを感じたか、トーコはいきなりそっくりさんと肩を組むと、二人をその場に取り残す勢いで走り出した。
「お、おい! なんのつもりだ!?」
「志狼、荷物拾え! 追いかけンぞ!」
 陽平に頷き、すぐさま大量の荷物を抱え直すと、二人は人混みの中を全力疾走するハメになった。






 場所は変わって、ここは市民公園。
 噴水を中央に、周りをグルリとベンチが設置された、いわゆる普通の公園だ。
 先ほど消えたトーコと、そのトーコに拉致されたかわいそうな女性は、そんな普通の公園でベンチに腰をかけ、缶ジュースを手にしている。
 いやしかし、本日のお財布であった志狼と陽平がいないのに、何ゆえトーコがジュースを買えたのかは甚だ疑問ではある。
 非常に失礼とは思っていても普段の言動から、やはり拉致被害者に買わせたと考えるのも決して無理からぬ話なはずだ。
 それにしても、トーコはこんなところに自分そっくりの女性を連れてきてどうしようというのだろうか。そもそも、いい加減『トーコ似の女性』では失礼な気がしてきたのだが…。
「わかったわよ。聞けばいーんでしょ。聞けば」
 非常にありがたいのだが、解説というか地の文に話しかけないでほしい。
「ねぇあんた、名前は?」
 トーコに話しかけられ、隣の女性はビクリと肩を振るわせる。
 なんだか気の弱い下級生をいじめている不良上級生のようにも見えなくはない。
「…ぇ」
「え、じゃなくて、名前よ。なーまーえー」
「と、瞳子です…。君島瞳子【きみしまとうこ】」
 さすがのトーコもこれには驚いたのか…
「へぇ、奇遇ね。あたしもトーコよ」
 …少しくらい驚いてはいただけないものでしょうか。
 それにしても、トーコと瞳子。顔や名前は似ていても実に対照的な二人である。
 片やアグレッシヴで男勝りな異能者であり、片や人見知りで大人しい普通の人。
 ここまでくると、他にも共通点は出てきそうなものだが…。
「あ、あの…」
 珍しく瞳子から声をかけた。
 やる気のなさそうな顔のトーコを相手に何度もどもりながら、ようやく次のセリフに繋げることができた。
「わ、私…その、お、弟のところに…」
「へぇ。あんたも弟いるのね」
「あ、は、はい。勇気っていいます」
 やはり新たな共通点が現れた。
 これにはトーコも少し関心を覚えたらしく、ふーんと頷きながら飲み干した缶をぐしゃりと潰す。
「そ、それで…あの、早く…行ってあげたくて」
「どこよ?」
「は、はい!」
「そーじゃなくて、どこいきたいのっての。連れてったげるわ」
 これはいったいどういう風の吹き回しか。
 トーコの申し出の意図が理解できないらしく、瞳子が必死になってあっちの〜、と指をさす。
「ここから見えないの?」
「み、見えます! えっと…あ、あれ。あの白い建物…」
「んじゃいくわよ」
「え、え?」
 勢いのまま腕を掴んだトーコは、混乱の醒めぬ瞳子と共にテレポートした。
 目指す先は、勇気少年がいるだろう場所である病院だ。






 そんな二人に必死に手を伸ばしていた人物がいたことをどうか忘れないでいただきたい。
 肩で大きく息をしながら、大量の荷物の存在に邪魔をされ続けた二人の少年。
 志狼と陽平は、ある公園の一角で、今まさにテレポートしようとしているトーコと瞳子を発見したのたが…。
「くそっ、またいっちまいやがった!」
 吐き捨てるように叫ぶ陽平に、志狼もまた頭を振る。
「そもそも、トーコはなにがしたいんだ?」
 志狼の疑問に答えるものはなく、荷物の重さばかりがその両手にのしかかってくる。
 というか、何故に彼らは先に荷物をラストガーディアンに送ってしまおうとか考えないのか。
 その辺りが妙に律儀というか、なんというか…。
 しかし、見失ってしまったものは仕方がない。ここは先に帰還して…
「陽平…」
「……探すか」
 なにが彼らをそこまでさせるのか。
 当然、拉致された女性が心配なだけだ。それだけのはずなのだが…。
(トーコのやつ、ホントに大丈夫なんだろうな…)
(嗚呼、どっかで騒ぎなんか起こってねぇよなぁ…)
 互いに思い思いのことを考えながら、とにかくトーコと拉致被害者を早急に見つけることを固く誓う志狼と陽平であった。






 一方、志狼たちの心配の種はというと…。
「なーんか、みんな真っ白で面白くないわねぇ」
 病院でなんたる不謹慎なことを言うお人なのだろうか。
「と、トーコさん。病院内では…その、お静かに…」
 おっしゃる通りだ。
 しかし、肝心のトーコは右から左へ。まるで聞く耳などもたず、瞳子の後ろを凄まじく不機嫌そうな顔でついてくる。
「それで。その弟はどこなのよ」
「あ、はい。こっちです」
 不機嫌そうなトーコを急ぎ先導しようと、瞳子が僅かに駆け足になるが…
「君島さん、廊下は走っちゃだめですよ」
 女性看護士さんに怒られた。
 申し訳なさそうに何度も頭を下げる瞳子に、トーコはにんまりと笑みを浮かべると、肩をぽんぽんと叩く。
「ろーかは走っちゃだめなのね。勉強になるワ」
 ケタケタ笑いながら廊下を進んでいくトーコに、瞳子は頬を膨らませてついていく。
「あ、あの…ここです」
 どうやら行き過ぎたらしい。
 真っ白なドアをノックして出来るだけ静かにノブを捻る。
 どうやら個室らしく、中にはベッドがひとつしか見あたらない。ぐるりと見回してみても、大して面白みのあるものはみつからなかった。
「きたよ、勇気」
「遅いよねーちゃん。…えっと…友達?」
 なるほど、確かによく似ている。しかし、その表情にはどこか覇気を感じられず、やはりユーキとは別人だと思わされる。
「友達というか…えっと…」
 よくよく考えてみると、お互いに名前以外はなにも知らない間柄なのだ。友達と呼ぶには語弊があるような気がする。
「あー、もう友達でいいんじゃない? いちいち説明するの面倒くさいでしょ」
 説明もなにも、テレポートまで使ってより説明を難解にした当人のセリフとはとても思えない。
 しかし、瞳子はそれが嬉しかったのか、満面の笑みでトーコを友達だと紹介する。
「でも、トーコさんとねーちゃん、双子みたいだね」
 勇気の言葉に二人が改めて顔を見合わせる。
 そんなに似ているものだろうか。
 正直、トーコも瞳子にもそれほど互いを意識してはいないのだが。
「オレ、二人が入ってきた瞬間、ねーちゃんが二人になったって思ったくらいだよ」
 なるほど。と頷いたトーコがにやりと笑う。
「いっそ入れ替わってみよっか」
「え、えー!?」
 突然なんてことを言い出すお人なのか。
 あたふたと戸惑う瞳子にジョーダンよ、と告げるトーコの表情は、間違いなく本気だったことは補足させていただきたい。
 そんな二人のやりとりに、勇気が声を上げて笑いだし、瞳子が恥ずかしそうに俯いてしまう。
「ねーちゃんいっつもこんなだからさ。そうだ! トーコさんもオレのねーちゃんになってよ!」
「あたしが〜?」
 そんなあからさまに面倒くさそうな声を出さなくても…。
「うん! ねーちゃん人見知り激しいからって一緒に遊びにも行ってくれないんだ」
 なるほど。確かにその点、トーコなら遊んではくれそうだ。もっとも、道具はその身となるわけだが。
「やーよ、面倒くさい」
 言うと思った。
 しかし、勇気もそう言われることがわかっていたのか、大して気にした素振りもなく苦笑を浮かべている。
「じゃあさ、手術の日には来てよ! オレ、明日心臓の手術するんだ…」
 その瞬間感じた想いに、トーコが不機嫌そうな表情を見せる。
「あ、あの…トーコさん」
「あんた、あんまし生きたいって顔してないわね」
 トーコの言葉に勇気がビクリと肩を振るわせる。
「生きるつもりがないのなら最初から手術なんか受けなきゃいーのよ」
「やめて、トーコさん! 勇気は、勇気の手術はとても難しいんです。不安になればなるほど…」
「あんたがそんなだからこんな弱っちい男にしかならないんだ!!」
 トーコの言葉に瞳子が目を見開いた。
 思い当たるフシでもあるのか、今にも泣き出しそうな瞳子に、トーコはつまらなそうにふんっ、と鼻を鳴らす。
「トーコさん…オレ…」
「死ぬことよか生き抜くことの方が怖いもんよ。まだいくらも生きてないガキのくせして…」
 苛立ちを隠そうともせず、トーコは勇気に詰め寄っていく。
「自分が死んで、みんなの中から自分が消えてしまうのが怖いなら、なんでもっと生きようと足掻かない…」
「でも、手術は成功の確率が低いんだ!」
 その瞬間、乾いた音が一人には広すぎる室内に響き、瞳子がはっと顔をあげる。
 トーコが勇気の頬を叩いたと気づいたのは、勇気が自分の頬を押さえた瞬間だった。
「ゆ、勇気…!」
「甘やかすな!!」
 さらに飛ぶトーコの叱咤に、伸ばそうとした瞳子の手が止まる。
「あたしは知ってる。勝てる確率がゼロだって立ち向かってるやつらを」
 そして彼らはいつも必ず勝利を納めてきた。それはこれからも決して変わらない勇者たちの決意。
「あんたも勇気なんて名前してるなら、少しはあいつらを見習いな」
 珍しく説教なんかをしてしまった自分に、トーコはガラじゃないと頭をかく。
「帰るわ」
 そう言って部屋を出るトーコの背中から勇気は目を逸らすことが出来なかった。
「トーコさん…」
 その呟きが当の本人に届くことはなかった。






 ラストガーディアンに帰還してからトーコはずっと不機嫌だった。
 ジャンクの店で酒をかっくらい、今日一日の不満を伝えに来た志狼と陽平にいつもより激しいスキンシップをはかる。
「りぃゃぁああああっ!!」
 そんな奇声と共に首を羽交い締めにされた二人が白目をむく。
「な、なぜ…」
「ぐふっ…」
 ずるりと床に倒れ込む二人に哀れみの目を向けると、ジャンクはふかしていたタバコをもみ消した。
「荒れてるな」
 ジャンクの言葉にトーコはぐいっとグラスの酒を煽る。
「べっつにぃ〜…」
 いつもと一緒よ、などと口にしているが、とてもそうは見えないからこうしてわざわざ声をかけているのだ。
「ユーキの姿も見えないが…ケンカか」
「そんなんじゃないわよぉ…」
 ただ、ユーキの顔を見ると嫌でも勇気を思い出す。だからわざわざ眠らせてきただけだ。
 まぁ、多少強引手段だったのではと思う。間違っても子守歌を歌ったわけではないことだけは確かだ。
「お前がそんな顔をするのは久しぶりだな」
「うっさい…」
 聞きたくない。今は…なにも。
(なんで会ったばっかりのやつにこんな思いしなけりゃならないのよ)
 ふさぎ込むトーコに目を細めると、やれやれとばかりにカウンターを出る。
「寝るのは構わん。ただし死体処理くらいしろ」
 ジャンクの心ない一言に死体二人組は無意識のうちに涙を流していた。






 翌日、トーコはあの病院の真正面にあたるビルの屋上に来ていた。
 後ろに関係者以外立ち入り禁止と書いているのはあえて無視するとして、何故にトーコがこの場所にいるのか。
 本日もレンタルしてきた下僕2号に、勇気の手術時間と場所、更には執刀医からなんからと調べさせ、トーコは感慨深くその報告書に目を通す。
 ちなみにこの行為は当然ながら思いっきり犯罪だが、トーコの最大級の破壊能力とやらの恐怖には勝てなかったらしい。
「ごくろー」
 振り返りもせずにそう呟くトーコに、下僕2号こと陽平はしきりに不満の表情をアピールする。
「やめとけ。ってかなんで俺までいるんだよ」
 珍しいことに下僕3号、紅月竜斗が陽平に同行したらしく、隣で愛刀の手入れをしている。
 ちなみになぜ1号ではなかったのかと言うと…。
(志狼…死ぬなよ)
 祈るように目を閉じ、竜斗はつい先ほどの志狼の姿を思い返していた。
 昨晩はトーコに落とされたために、仕方なくジャンクは陽平と共に適当に転がしていたのだが、朝部屋に帰った志狼を待ちかまえていたのは謎のコウモリマスクの美少女であった。
 そして響き渡る志狼の悲鳴。
 ちなみに陽平は矢の嵐から逃げ回っていたところを調べる人材が必要だとトーコに回収されている。
 今日帰ればおそらく陽平も志狼と同じ運命を辿ることになるだろう。
「それよりその君島勇気って誰なんだ?」
 竜斗の問いに陽平がそうだったと振り返る。
「それがな、ユーキにそっくりなんだよ」
 顔色や表情は病人だけに仕方がないとしても、それを除けば瓜二つと言って差し支えない。更にはトーコそっくりの姉までいるのだから驚くなという方が無理というもの。
「そんなに似てるのか?」
「ああ」
 見てみるか、と差し出された写真に、竜斗はほぅ、と溜め息をつく。
「で、トーコは似てるから気になる…と?」
 いや、それがわからないから頭を悩ませているのだ。
 今度は二人合わせて首を傾げていると、フェンスに頬杖をつきながらトーコがようやく語り始めた。
「似てないわよ…ぜんぜん」
「…顔が、とかじゃないってことか?」
 竜斗の言葉に、トーコはさぁね、とだけ答える。
 口を挟んだのがいけなかったか、それとも初めからそのつもりだったのか、トーコはそれ以上を語ることはなく、ぼ〜っと眼下を眺めている。
 いつものことながら考えの読めない相手だ。
 もっとも、忍者でありながら考えが表情に出やすいというのもやや問題なわけだが。
「お前はいつまで刀の手入れしてンだよ」
「お前こそ。さっきからずっとクナイ磨いてるクセに」
 どことも知れぬビルの屋上で刀を手入れする竜斗の隣で、陽平までもが黒光りするクナイを磨いている光景は一種異様なものである。
 ここに無関係の第三者が現れたなら、確実に殺し屋と思われるだろう。
「これで狙撃手でもいたら完璧だな」
 いつものトーコなら、ここで相槌の一つでも打つのだろうが…。
「…………」
 完全に別の世界にいってしまっているようだ。
「…まぁ、そういうことだってあるだろ」
 そう言っている竜斗自身、説得力はないと感じてはいるのだ。
 陽平の表情からそれを読み取り、わかっていると頭を振る。
「ねぇ、あんたたち…」
 突然声をかけられ、陽平も竜斗も手を止めて顔を上げる。
「帰ろっか」
 満足したわけではないことはわかる。長くはないが、決して短くはない付き合いだ。
 それでもトーコがそう言うならと腰を上げた瞬間、事態は急変した。
 突如、空から飛来した楕円形の隕石は、トーコたちをあざ笑うかのように目の前の建物を押しつぶしていく。
「っ!?」
「なにぃっ!?」
 フェンスを掴むトーコの手が震え、身を乗り出すようにして眼下の病院を確認する。
「心配ねぇ。あそこは近々改築予定がある。今はただの物置だ!」
 先に病院に潜入していただけあって、陽平は焦ることなく状況を確認する。
「あんたたち! とにかくあれをどけなっ!」
「トーコは!?」
 そう言うと、陽平の問いに答える時間さえ惜しむようにトーコは屋上を飛び降りていく。
「陽平、俺たちはあれを!」
 竜斗の言葉に頷くと、互いに紅竜刀と獣王式フウガクナイを引き抜いた。
幻獣招来っ!
風雅流忍巨兵之術っ!
 二つの召喚器が共に紅いの巨人を呼び起こし、二人の勇者は吸い込まれるようにしてその身に纏う。
鎧竜合体ロォードッエスペリオンッ!!!
獣王式忍者合体クロスッフウガァッ!!!
 合体後、クロスフウガはすぐに翼から裂岩を切り離し、隕石の下に斜めになるよう差し入れる。
 続けてロードエスペリオンがロードセイバーを上段に構え…、
紅月流・鋭月っ!!
 気合いと共に渾身の力で振り下ろした。
 重量の僅かな抵抗も虚しく、隕石は梃子の原理で宙へと舞い上がる。その瞬間、クロスフウガの火遁が胸の獅子で爆発した。
「火遁解放っ! くらいやがれっ! フウガパニッシャーァァッ!!!
 真っ赤な熱閃と化した炎のエネルギーが隕石を粉砕すると、そのまま雲を突き抜けて消えていく。
「やったか…」
「まて、陽平!!」
 竜斗が叫んだと同時に、崩れる隕石の中から何かが現れた。
 まるで卵からかえったようにも見えるその姿に、竜斗も陽平も息を呑んでその光景を見守る。
「…怪獣?」
 陽平の疑問に竜斗もまた首を傾げる。
 姿は確かに怪獣と言って差し支えないだろう。いわゆるゴジ○に角が生えたようなその怪獣は、ブルブルと背びれを震わせ…
「いや、それはそれでやべぇだろ」
 陽平のツッコミなど無視。だが、次の瞬間、ロードエスペリオンとクロスフウガは互いを突き放すようにして左右に飛び退いた。
 巨大怪獣の吐き出した真っ赤な熱閃が二人のいた場所を焼き払い、すぐ後ろのビル郡を易々と薙ぎ払っていく。
「クロス、今のは!?」
「間違いない。フウガパニッシャーだ!」
 その言葉にロードエスペリオンが翼を広げて飛び上がる。
「真正面に撃たせるな! 空に逃げるんだ!!」
 竜斗の指示にクロスフウガもまた飛び上がり、再び襲い掛かるフウガパニッシャーからひらりと身をかわす。
「あれ、俺の所為じゃねぇよな?」
 ひとり呟く陽平に、竜斗はどうだかと苦笑を浮かべた。






 二人が怪獣映画じみた戦闘を繰り広げていた頃、トーコはひしゃげて開かなくなった扉を吹き飛ばしながら病院の中を進んでいた。
 なんとか非常口から避難は行っているものの、まだ想像以上に人が残っており、その波から逆らって進むというのは非常に困難であった。
「瞳子、勇気……くそっ!」
 またひとつ防火シャッターを吹き飛ばし、トーコは悪態づく。
 この時間、勇気は手術の真っ最中のはず。避難などできるはずがない。そして瞳子は自分だけ逃げるような女じゃない。
「なんで、なんであたしがこんなこと!!」
 だが、手術室目前になってトーコの歩みは止められることとなる。
 どうやら天井が崩れて上の階がそのまま落ちてきたらしく、建物に気を遣ったような攻撃ではどうすることもできない。
 しかしこのままでは時間がない。いくら現状では無事とわかっていても、いつこの先も崩れるかはわからない。
 意を決してトーコが腕を振りかぶった瞬間、その腕を何者かがしっかりと掴み止めた。
「誰よ!!」
「そうカッカするな…」
 そこにいた人物にトーコは大きく目を見開いた。
「ジャンク…、なんであんたがここに」
「ちょっとな。しかしそれを使ったらここは崩せても向こう側も一緒に…」
 爆発するぞ、というジェスチャーにトーコは頭を振った。
 確かに少し頭に血が上っていたかもしれない。
 そもそも向こう側には瞳子がいるのだ。テレポートを使えば行くことは容易い。
 しかし、その思考を読んだのか、ジャンクはやれやれと溜め息をつくと、咥えていたタバコをもみ消した。
「それで、あちらさんに行って、お前は何をするつもりだ?」
「それは…」
 ジャンクの問いに、トーコは言葉を詰まらせる。
 傍に行くことばかり考えていたが、自分が行ってどうするのか。そんな肝心なことを失念していた。
 実に珍しいことだと思う。自分でさえここまで取り乱していたとは想像もしていなかった。
「…ふっ」
 急に笑みをこぼすものだから何事かと思う。
「まぁ、お前さんも聞いてみろ」
 ジャンクに言われて隣に立ってみる。目を閉じてジャンクに誘導されるまま精神を同調させてみれば、小さいけれど、確かな声が聞こえてきた。
 それは、二人の姉弟や医者たちの心の声。
『絶対に…絶対にこの手術だけは成功させてみせる!』
 これは執刀医の声か。
『もうここも危ない。早く、早くっ…』
 これは助手をしている他の医師の声だろうか。
 そんな中でも一際小さい声がある。でも、それは確かにトーコの耳へと届いた。
『勇気を…、神様どうか勇気をお救いください!』
 間違いない。これは瞳子の声だ。
『勇気と一緒に…、私も一緒に強くなります! だから、だからお願いします!』
 なぜだろう。トーコの表情が僅かに綻んだ。
『俺は…生きたい』
 勇気の声に、トーコの表情が自然と優しいものになる。
『ねーちゃんともっと一緒にいたい。もっと楽させてやりたい。もっと安心させてやりたい…』
「あの子…」
『トーコさんに…』
 その声にトーコがはっと顔を上げる。
『トーコねーちゃんにもう一度会うんだ。もう一度あって謝るんだ。もう一度会って絶対弟にしてもらうんだ!』
 そんな声に、トーコは「ばかだね」とだけ呟いた。
 あんたはそんなことのために頑張るのか。そんなことのために足掻けるようになったのか。
 トーコの心もお見通しなのだろう。ジャンクがトーコの頭をパンっと叩き、顎で壁の向こうをしゃくる。
 わかっているとばかりに頷き、壁から少し離れると思いっきり息を吸い込んだ。
「負けンじゃないわよ! あんたたち!!」
 岩さえも砕いてしまいそうな大声にジャンクは苦笑のまま耳を塞ぎ、トーコは満足そうにニヤリと笑みを浮かべる。
「さぁて、届いたかねぇ」
 ケタケタと笑うトーコに、ジャンクは知らんと呟きながら新しいタバコに火を点けた。






 再び場面は変わって、戦闘中の二人に視点は移動する。
 実に忙しい内容だが、もう少しだけお付き合い願いたい。
 実はあの後、クロスフウガそっくりの翼まで生やした謎の怪獣に、ロードエスペリオンとクロスフウガは空を逃げ回っていた。
 とは言っても、場所が場所だっただけに満足に戦闘を行うこともできず、ひと気のない場所を探して飛び回っているのだが。
「おっと!」
 後ろから襲い来るフウガパニッシャーに、ロードエスペリオンは軽快に宙返りをして身をかわす。
 下のほうで赤々と何かが爆発したのが見えたが、とりあえず現状は気にしていられない。
「しっかしとんでもねぇ。斬ったら尻尾が剣になるわ」
「裂岩投げたら翼まで生やしたぞ、おい」
 どうやら相手の攻撃という攻撃をその身に受けると、自分に同質の武器を生み出す能力を備えているらしい。
 なんだか自分を見ているような気がして、陽平は不満の表情を見せる。
「あんなモン邪道だ」
 なにが正しく、なにが邪道なのかはともかく、その反則じみた能力が非常に厄介なのは確かだ。
 どんな強力な攻撃を放とうとも、一撃で仕留めることができねばそれはそのまま自分たちに返ってくるのだから。
 しかし、クロスフウガはその機動性や運動性から攻撃力は低く、ロードエスペリオン単体の攻撃では決め手に欠ける。故にこうして逃げの一手を打ったわけだが。
「このままラストガーディアンまで帰ったら俺たち殺されっかな…」
 陽平の呟きに竜斗が苦笑を浮かべる。
 そもそも逃げ切れるかも怪しくなってきた。
「俺としては打って出ることをお勧めしたいんだが?」
「しゃあねぇ。連携&合体技で一気にいくぜ!!」
 互いに頷くと、反転と同時に斬影刀双剣とロードセイバーを構え、襲い来る怪物目掛けてブースターを吹かせた。
 弾かれるように飛び出した瞬間、クロスフウガが不可視の速度まで加速して両の瞳に二振りの斬影刀を突き立てる。
 刹那、ロードエスペリオンが急接近。ロードセイバーで切り抜けるように胴を薙ぎ払う。
(これでこいつが進化しなければ…)
(こいつの進化は俺の鬼眼と同じ、見たものをコピーする能力だ)
 だが、二人の考えとは裏腹に、怪物の身体は再び変化を始め出す。瞳を覆うように皮膚が膨れ上がり、胴の鱗が目に見えて巨大化していく。
「こいつ、抗体まで持ってやがるのか!?」
「んじゃ、予定通りいくぜ!!」
 再び武器を構えて飛び込んでいく二人に、怪物のフウガパニッシャーが襲い掛かる。
「喰らいやがれ!! 本家っ、風遁解放っフウガパニッシャーァァッ!!!」
 獅子から放たれた竜巻が怪物の動きを抑え込んで切り刻む。
 続けて、ロードエスペリオンの竜から炎があふれ出す。
「ドラグーンフレイムゥッ!!!」
 噴出した炎が竜巻を包み込み、大量の空気を取り込んで更に巨大な炎の渦と化す。
「竜斗、いくぜっ!!」
「紅月、風雅合体奥義ぃ…!!」
 ロードクルスノヴァに併せて更に二刀が生み出した十字の閃光が飛び込んでいく。
「「獅竜っ双ぉ牙斬ッッ!!!!」」
 甲高い音が鳴り響き、重なり合う二つの十字が怪物を八等分に引き裂いていく。
 例え刃を通さぬ固い装甲でも、多重に連なる衝撃がかかればこの通り。
 炎の中で燃え尽きる破片を見つめながら、竜斗と陽平は同時に安堵の息を漏らす。
「とりあえず任務完了ってことで…」
「破片くらい回収した方が良かったかな?」
 今のがもし、対ラストガーディアン用の新たな戦力なのだとしたら早急に対策を立てる必要がある。
「おし。とりあえず尻尾の切れ端でも持って帰ろうぜ」
 竜斗の言葉に頷き、二人は元来た道を急いで戻っていった。






 後日、二人の持ち帰った尻尾は想像以上に大きな情報源となった。
 この凄まじい進化能力が未だ人類を悩ますあの病気の種であったことはやはり驚きであった。
 最終形態まで進化を行った場合、誰も手がつけられなくなるほどの強化が想定されるこの怪物に、BANは畏怖の念を込めテラーと名づけ、これを厳重封印した。
「今後、このテラーが現れた際、迅速な迎撃が求められます。二人とも、ご苦労様」
 艦長、綾摩律子の説明に二人はポカーンと開いた口を急いで塞ぐ。
 まさかそれほどのものだったとは。ひょっとしたら自分たちはとんでもないものを相手にしていたのかもしれない。
 そんな気持ちのままブリッジを後にした二人は、その足でついでにと格納庫にあるジャンクの店へと向かった。
 あの後、トーコがどうなったかをまだ二人は聞いていない。
 瞳子が無事なのか。勇気の手術は上手くいったのか。艦長も何も聞いていないと言ってた以上、やはりここはトーコ本人に直接聞くしかない。
「よぉ」
 ジャンクに声をかけられ、竜斗と陽平は小さく頭を下げる。
 どうやら彼一人らしく、トーコどころか今はお手伝いの心の姿も見えない。
「あの、トーコは?」
 陽平の問いにジャンクはさぁな、と瞼を閉じる。
 竜斗がそれとなしにぐるりとカウンターを見回した瞬間、背中にやわらかな感触と人の重みが同時に襲い掛かってきた。
「な、なんだ!?」
「なーによ、あんたたちガキのクセして昼間っから酒飲むつもり?」
 案の定、竜斗にもたれるようにしてのしかかってくるトーコの姿に、陽平は呆れたように溜め息をつく。
「ンなわきゃねぇだろ。俺たちはトーコに話を聞──」
 聞きに来た。そう言いかけた瞬間、トーコの腕に首を絡め取られた。
 楓の鋼糸をかわす方がまだ楽かもしれない。そう思った瞬間、頬にやわらなか感触が…。
(ま、マズい。この展開は!!)

スタァァ…ン。

 目の前に突き刺さる矢には、やはりいつものごとく紙が縫い止められており、そこにはこれまたやはりいつもの通り助平死すべし!!との文字が筆でデカデカと描かれている。
「ちょ、ちょっとマテ! せめて話だけでも!!」
「そ、そうだ! 二人は、瞳子さんたちはどうなったんだ!?」
 二人の言葉にトーコは聞こえな〜いと更に締め付けを強くする。
「竜斗さん……どうして…」
 いつの間に現れたのか、入り口に立つ碧までもが涙ぐんで走り去っていく。
「いや、ちょっと待って碧ぃ!」
「あははははは。あんたたち若いねぇ〜」
 貴女も十分お若いのですが。
 そんな若干の恐怖とトーコの笑い声の中、二人は溢れる涙と共に意識を手放した。






「例の二人には会えたのか」
 グラスを磨くジャンクに、トーコは椅子に腰掛けながら頷いた。
「やっぱ人間元気じゃなきゃね」
 トーコの言葉にジャンクは僅かに口元を綻ばせる。
 まだ入院してはいるものの、勇気は無事に手術を乗り切ることができた。
 本人曰く、もう一人の姉が力を貸してくれたと言うが、その辺りは聞き流しておいた。
「なぁんかさ、今度は退院するときに来いってさ。あたしになにを期待してるんだか…」
「少なくとも財布は期待してないだろ」
 ジャンクのツッコミにトーコがガクリと崩れ落ちる。
「今度はさ、ユーキにも会わせてやろーかな」
 そんなことを呟くトーコに、ジャンクはやはり一笑して、
「やっぱり似てるんじゃないのか」
 聞こえるか聞こえないか、そんな小さな声で呟いた。