「おーい、そこの道具箱取ってくれ!!」
 今日も今日とてラストガーディアン格納庫は大賑わいであった。
 日増しに激化していくトリニティの猛攻に、無数の勇者たちを乗せるこの大きな箱舟も疲弊の色は隠せずにいた。
 そんな中、手の空いているものは修理及び艦内の仕事を手伝うというのは、やはり当然のこと。戦闘後の勇者たちであっても、疲労とダメージの少ない者なら当然駆り出される。
 勇者忍軍、風魔柊もその1人であった。
 持ち前の身軽さと器用さを駆使して、足場の心許ない場所や狭い場所をすいすいと進み、整備班の人に素早く確実に道具を手渡していく。
「んじゃ、おいら次にいくから」
「おうよ。しっかし、おめぇさんもうちょっとウェイトがありゃなぁ…」
 やや細身なためか、柊は重い物を運ぶのは苦手としている。それは事実であり、本人も自覚しているので気にすることもない。
「まぁ、その辺はあっちに…ね? おいらはこっちでがんばるからさ」
 柊の指差す先では、先日整備班入りをしたブレイブナイツのメンバー、龍門拳火の姿があった。
 持ち前の能力は高く買われたらしく、今では整備班でもなくてはならない重要な人物となっている。
「んじゃ、おいらいくね」
「お、ちょっとまて。もう昼メシに入っていいぞ」
「ほんと? ラッキー。おいらもうハラぺこだったんだよね」
 お腹を押さえて、やや大げさに言う柊に、整備班の男も声を上げて笑う。
「ついでに拳火も誘っていけや」
「あいよ。んじゃ、いってきまーす!」
 そう言うと、柊は仰け反るようにしてそのまま真ッ逆さまに飛び降りる。
「気ぃつけろやー?」
 そんな声に手を振りながらも、柊は隠し持った鎖分銅を手頃な突起に巻きつけて見事な着地を決める。
 最初の頃は誰もが目を見張る光景だったが、今ではもう慣れたのか、当たり前のように見守る者たちばかりである。
 この人物を除いては。
「お前な!あそこは溶接したばっかでモロいんだ!んなトコに鎖巻きつけるやつがあるか!!」
「あ、ごめん。拳火のアニキ。それよりご飯だよ」
「そーじゃねぇだろ! ──って、メシか。それじゃ行くか」
「あいよ」
 先ほどまでの火のような怒りは何処へやら。2人は仲良く並んで格納庫を後にした。






 自分の隣を歩く少年に、拳火はちらりと視線を向ける。
 どこか少女のような顔立ちの少年は、いつもこんな屈託のない笑顔を振りまいている。
 それが気になるとかそういうことではなく、そもそも拳火にはちゃんと想い人が──とかそういう話でもなく、単純に柊に尋ねてみたいことがあった。
「なぁ」
「なに?」
「柊は陽平たちと一緒に来たんだよな?」
 このラストガーディアンに、という意味だろう。なにも間違っていないので頷いておく。
「志狼に会ったのも一緒なんだよな?」
 これも間違っていないので柊は頷く。
「あの2人さ、なんであんなに仲いーんだ?」
 そんな拳火の言葉を裏付けるかのように、食堂を手伝っている志狼に大盛りのご飯を要求している陽平の姿があった。
 確かに仲がいい。騎士と忍者という2人の肩書きからは想像できないような関係であることは間違いない。戦闘ではよく肩を並べて戦っているようだし、ウィルダネス出身のトーコお姐さまにイジられるのも一緒。あの2人にある種の深い信頼関係が出来上がっていることは間違いない。
 それこそ、年齢だって考え方だって、性格さえ違うというのに。
「んー、たぶんあの件があったからかな?」
「あの件?」
「そ。出会って間もない頃、アニキたち結構仲悪かったんだよ」






互いに必要なもの







 話はしばらく前、今でこそ大所帯だが、当時は戦闘メンバーが志狼1人だったブレイブナイツと勇者忍軍の面々が出会った頃に遡る。
 丁度、合流したメンバーがあまりに多くて誰が誰だか判別のついていなかった頃。
 この2人は初めて顔を合わせた。
「ブレイブナイツの御剣志狼だ。そっちは?」
「勇者忍軍、風雅陽平。んじゃ…」
 挨拶もそこそこに、陽平がその場を離れようとすると、志狼は黙ってその後ろについて歩いた。
「なんだよ?」
「え、いや…」
 不機嫌そう…ではなく、大して興味がない様子の陽平に、志狼は頭を振る。
 てっきり他のメンバーも紹介してもらえると思っていたが、タイミングが悪かったらしいと志狼は諦めることにした。
 少しとっつきにくいようにも感じたが、仲間たちといる陽平を見たことがあっただけに、少し納得がいかなかった。
 それどころか勇者忍軍と共に合流を果たした、聖霊を率いる秋沢雫たちや、ソードブレイカーを駆るセイジ・ミナミとも仲がいいように見受けられた。
 陽平に嫌われるようなことをした覚えはない。
「まぁ、たまたまだろ」
 その日は志狼もそう思うことで自分を納得させていた。






 数日後──。
 激しい戦闘を終え、各々のパートナーを気遣う中、志狼は無言で歩み寄ると無造作に陽平の肩を掴んだ。
「なんだよさっきの戦闘は! あんな危険な戦い方があるか!」
 単身で突出したあげく、仲間に庇われその陰から敵を狙撃。まるで味方を盾のように扱う戦法に、志狼は苛立ちを隠せずにいた。
 どちらかと言うと、志狼は己を盾に仲間を守るタイプだ。故に味方を危機に陥れるような戦い方を嫌う傾向にあったらしい。
 しかし陽平は、
「効率のいい戦い方をしただけだろ。それに、他の連中だってガードパラディンやシェルヴェイティアスがしっかり守ってたろ」
 彼の言うとおり、陽平の取った戦法で怪我をした者はいない。だが、そんなことはあくまで結果論にすぎない。
 ましてや、反省の色も見せない陽平に、志狼は珍しく苛立ちを露にした。
「ようへい」
「お、翡翠。おとなしくしてたか?」
 その言葉に頷く少女は、駆け寄った勢いで陽平の胸に飛び込んでいく。
 確か彼女は陽平の守る君主だったはず。陽平は戦闘に勝つためならこの少女さえも盾にするのだろうか。そんな疑問さえ湧いてくる。
 まるで自分のことを意に介さない陽平の笑みに、志狼は舌打ちしながらその場を離れていく。
 無人の廊下をやや早足で進み、陽平への苛立ちが思わず口を突いて出る。
「なにが勇者忍軍だよ! あんなので大切な人が守れてたまるか」
 そんなことを呟きながら、志狼は廊下を進んでいく。
 当然のように、前方不注意だったことが災いした。角を曲がってきた人物と接触し、相手は僅かな悲鳴をあげて尻餅をついていた。
「あ、悪い…」
 ふと見れば、そこにいるのは勇者忍軍の桔梗光海ではないか。確か先ほどの戦闘には参加していなかったようだが。
「考え事してたんだ。ごめん」
 手を貸して立ち上がらせると、志狼はもう一度謝っておく。
「いえ。でもどうしたんですか? なんだかこう…少しイライラしてるようですけど…」
 顔を合わせて日が浅い人物にまで指摘されるほど顔に出ていたらしい。
 自分の頬を抓りながら、志狼は「そうか」と呟いた。
 そういえばこの少女は陽平の幼馴染だったはず。つまり陽平に関しては他の誰よりも知っているはず…。
「なぁ、少しだけ話できないか?」
「わたしですか? ──構いませんけど」
「ごめん。そんなに手間は取らせない」






 一方、陽平は陽平で先ほどの件に腹を立たせていた。
 それこそ、一般的な視野で語れば悪いのは圧倒的に陽平なのだが、この際それは考えないことにする。これはあくまで個人の感情論だ。
「ったく、なんなんだよあいつは」
 翡翠が自分の手を握る力が僅かに強くなった気がした。
 こういうとき、翡翠は大抵、少し怒った表情を見せる。今回もそれに例外はなく、やはり怒った表情で陽平の顔を覗き込んでいる。
「けんかはだめ」
「そんなことするつもりはねぇさ。ただ…」
 陽平が僅かに言いよどむと、翡翠はわからないとばかりに小首を傾げる。
「わかんなくていいさ。気にすんなよ」
 翡翠の頭を撫で、陽平はいつものように優しい笑みを浮かべる。
 しかしどうしたことだろうか。自分はいつもと同じように振舞っているはずが、志狼が相手だとどうにも調子が狂う。
「相性でも悪いのかね…」
「よーへー君、血液型は?」
「え、AB…」
 ふいに聞こえてきた質問に思わず答えてから、陽平は背後を振り返った。
「忍者は簡単に背後を取らせちゃ〜ダメ♪」
 金の尻尾が頭で揺れている。この少女に陽平は見覚えがある。
「あんた、確か志狼のとこの…」
「妻ですにゃ♪」
「つま?」
 エリス=ベルことエリィの言葉に、翡翠はまっすぐ聞き返す。純真無垢な瞳が邪悪な魔王を焼き尽くす…わけではなく、照れ笑いを浮かべながらエリィは「冗談だよ〜」と付け加えておく。
 さすがに真正面から真剣に尋ねられてもなおボケ通すほど、エリィは冗談に精通しているわけでも、得意なわけでもない。
「で、そのエリィさんがなんか用?」
「う〜ん、さっきのやりとり見てたんだけど…」
 さっきのとは、格納庫での志狼とのやりとりのことであろう。なるほど、合点がいった。
 つまるところ、彼女はお節介を焼きに来たのだろう。身近な人物によく似た少女がいることを思い出し、陽平は苦笑を浮かべた。
「む!その顔は『お節介焼き』とか思ってるね〜?」
「あんたはテレパスかなにかか…」
「よーへー君ってばわかりやすいからね〜」
 そんなに顔に出るタイプだったかと、陽平は自分の頬を抓ってみる。
「……なにしてんだ?」
「ん〜〜。よーへー君、さっきのシローと同じことしてるから、つい♪」
 エリィに反対の頬を引っ張られながら、陽平は複雑そうにエリィに視線を向ける。
 悪意があるようにも、なにかを企んでるようにも見えない。
「なるほど、なるほど♪ 似てるんだよね、2人とも」
 1人だけわかったような顔をするエリィに、陽平の表情が僅かに不機嫌の色を見せる。
「用がないな──」
「シローのこと知りたくない?」
 陽平の言葉を遮るエリィの問いかけに、陽平の手を翡翠が僅かに引っ張った。
 聞け。そういうことなのだろう。確かに、陽平も志狼の存在は気になっている。
 僅かな沈黙の後、陽平は改めてエリィへと視線を向ける。
 彼女の浮かべる笑みに、陽平はなぜか敗北感に近い感覚を覚えて仕方がなかった。
「ちょっと場所移そっか。さすがに廊下で立ち話〜ってわけには、ね」
 その言葉に頷き、金の尻尾を追うようにその後ろをついて歩く。
 自分の周りにポニーテールがいないためか、後姿に妙な新鮮味を感じる。
 それは翡翠も同様であったらしく、揺れる髪にそっと手を伸ばし──
「いや、やめとけって」
 陽平の制止に、翡翠の手が刎ねるように戻される。
 表情は……、やはり少し膨れているらしい。
「ねぇ、よーへー君はなんで戦ってるの?」
 振り返らずにかけられた質問に、陽平は迷うことなく「翡翠のためだ」と答える。
 今ここで多くを語る必要はない。
 というか、なぜこの少女にまで「よーへー」と間延びした呼び方をされているかの方が気になった。
「翡翠ちゃん、守られて嬉しい?」
「ん」
 翡翠もまた、こくりと頷きながら即答する。
 そうか嬉しかったか。そんなことを尋ねたこともなかったためか、これは新たな発見であった。
「じゃ…さ」
 突然足を止めて振り返るエリィに、陽平は訝しげな視線を向ける。
「翡翠ちゃんと仲間がピンチなの」
「なに言って──」
「例えだよ。で、ピンチなんだけどよーへー君は片方しか助けにいけないの。それならどっちに行く?」
「翡翠だ」
 即答することさえ予測済みであったのか、エリィの表情に驚きの色はない。
 しかし何故こんな質問を受けるのか…。
「シローはね、こんな質問されたら困るんだよ。いっぱいいっぱい困っちゃうの」
 翡翠は自分が守ると誓いを立てた姫だ。それを優先することのなにがいけないのか。
 陽平の表情からそれを読み取ったのか、エリィは困ったように笑ってみせる。
「あ、よーへー君のもたぶん間違いじゃないの。でもね、シローが困るのは、どうしたらみんな助けられるかって悩みはじめるからなの」
 ようするに悩みのループにハマるということだろう。
 もしそれで判断が遅れ、どちらも助けることができなければどうするつもりか。
「やっぱ優先順位…自分の中に持つべきだろ」
 陽平の言葉に、エリィはただ、微笑むことで応えた。






 同時刻、陽平が受けた質問と大差ない内容の問いに苦悩する少年の姿があった。
「俺は…──」
 どれだけ悩んでも答えが出ない。どうすることが一番なのか、どうすることが正しいのか。自分の想いに回答がついてこない苛立ちに、志狼は僅かに表情を曇らせた。
「ヨーヘーは、たぶん『翡翠』って即答するんですよね。自分が守るって決めた…誓った相手だから」
 付け足すように「バカなんで」と笑ってみせる。
 それは即ち、目の前にいる幼馴染の少女さえ見捨てること他ならない。
 馬鹿げている。仲間を、友を捨てての勝利など、なんの意味も持たないというのに。
「あいつ、あれでいろいろ考えてるみたいです。悩むことで対処が遅れたら…きっとどちらも救えない。とか」
「だからって人の命に優先順位があってたまるか…」
 半ば吐き捨てるような志狼の言葉に、光海は少し遠い目をしてみせた。
「え、なに?」
 自分を通してずっと向こうを見ている光海に、志狼は疑問符を浮かべる。
「あ、ちょっと…。ヨーヘーもそんなこと言ってくれたらなぁ、と」
 はにかむようにそんなことを口にする光海があまりに不憫に思えて仕方がなかった。
 きっとこの子はこの子で、物凄く苦労しているに違いない。
「でも、さっきの戦闘に私出てないんですけど。あれ、実はヨーヘーが『来るな』って言ったんです」
「はぁ!?」
 仲間に向かって来るなとは。
「いくらなんでもそりゃ傲慢す…ぎ──」
 吐き捨てようと思った瞬間光海の見せた表情に、志狼は思わず語尾を濁す。
「私、少し調子悪かったんです。あいつそれに気づいてたみたいで…」
 ただそれだけだというのに、なんと嬉しそうな表情をする子だろうか。
 日頃の苦労を想像すると、労いの一言でもかけてやりたくなってくる。
「バカだけど…優しいんです」
 光海の言葉に、先ほどの光景を思い出す。
 優しくない男にあんな笑顔で飛び込んでいく少女がどこにいるだろうか。
「──ああ、知ってる」
 呟くような志狼の言葉に、光海もまた嬉しそうに頷いた。
 なぜだろう。光海に風雅陽平という少年のこと聞いていると、誰かの影が重なって仕方がない。
 よく知った、すぐ近くにいるはずの人物。しかし該当する人間はいない。
 志狼が必死に思考を巡らせていると、あまり聞き慣れたくはない、しかしもう聞き慣れてしまった警報が鳴り響いた。
『トリニティ出現!!トリニティ出現!!出撃可能な機体は各個出撃してください!!繰り返します!!』
「くそ、こんなときに!」
 天井を見上げるようにして吐き捨てる志狼は、ふと光海を振り返る。
「調子悪いなら出るなよ!」
 そういい残し、格納庫へ向かって駆け出していく。
 先の戦闘でヴォルライガーはそれほど損傷を受けてはいない。すぐに出られるはずだ。
 格納庫でスタンバイしているヴォルライガーに駆け寄り、志狼はふと隣のクロスフウガへと目を向ける。
 胸に獅子を携えた勇者。それはどんな苦境であっても絶対に諦めない獅子の心を持った勇者の証。
「あいつも…そうなのか」
『志狼、急ごう』
 パートナーの声に頷き、志狼はその身をヴォルライガーへと奔らせた。






 外では既に戦闘が始まっていた。
 多種に亘る世界の勇者たちが各々の力を駆使して戦っている。
「とりあえず俺たちは…」
 ふと、一際目立つ巨大な機動兵器に、志狼は狙いをつける。
 巨大な壁…とでもいうのだろうか。地上を突き進んでくるその兵器は、旗艦というよりも装甲車に近いらしく、何機ものブロンがそれを盾に勇者たちの攻撃を抜けてくる。
 あんなものを何体も通すわけにはいかない。
 ライガーブレードを抜き放ち、ヴォルライガーは低い唸りと共に戦場へと駆け出した。
 弾丸の嵐を潜り抜け、飛び交うブロンを叩き斬って突き進む。
 狙うは敵の巨大機動兵器。
「でええええええええええいぃっ!!!」
 ライガーブレードを水平に構え、すれ違いながら両の腕に力を込める。
 横一文字の亀裂を描かれた機動兵器は、徐々に動きを弱め、最後にはピタリと動きを止めて爆発を起こす。
 だが、志狼の想像を遥に上回る衝撃に、ヴォルライガーが、更には周囲で戦っていた勇者やブロンまでもが爆風に吹き飛ばされていく。
「な、なんなんだ今のはッ!?」
『どうやらあの巨大な兵器には凄まじい量の爆発物が搭載されているようだ』
「じゃあ攻撃してぶっ壊そうものなら…」
 言うに及ばず、先ほどの二の舞になるということだ。
 下手に破壊するわけにはいかない。仲間のいない場所で、ラストガーディアンからできるだけ離れた位置で破壊するしかない。
『または凍らせるか…』
 生憎、そんな器用なことをできるわけもなく、否応なしに戦い方は限定されてしまう。
 可能なメンバーに頼みたいところだが、この乱戦ではそうもいかないらしい。
 刹那、背後に迫る気配に志狼は舌打ちする。
 だが、振り返ってみれば、当のブロンは両断され、小規模の爆発を起こして四散する。
 爆発の向こうで飛び去る勇者に、志狼は訝しげな視線を向ける。
 あれは紛れもなくクロスフウガだった。
「助けてくれた…ってことか」
『もしくは恩を売ったか…』
 パートナーの言葉に志狼は思わず苦笑した。
「そんなヒネた考え方があるかって」
『…そうだな』
 どこか含みのある言い方に、志狼は思わずジト目になる。
「お前、さっきの…」
『いいのか。クロスフウガは先にいってしまったぞ』
「くそ、ここにもお節介がいたな!」
 言葉とは裏腹に不敵な笑みを浮かべる志狼は、飛び去ったクロスフウガの背中を目指して再び戦場を駆け出した。






「クロス、親玉はどいつだ?」
 戦場の空を駆けながら、陽平は周囲に視線を巡らせる。
 まさか旗艦もなしに襲ってきたとは考えにくい。そもそもこの数だ。旗艦がないという方が無理がある。
 本来、忍巨兵は一対多の戦闘には向いていない。早急に戦闘を終結させるには、直接頭を叩くという戦術しか持ちあわせていない。
 敵意はそれこそ山のように感じている。その中で最も強い敵意…いや、何処かに隠れた敵意があるはずだ。
「やはりこれだけ目視してみつからないとなると、隠れていると考えるのが妥当か」
 クロスフウガの言葉に陽平も頷いてみせる。
「よし、もう少し戦場を飛び回るぞ」
「了解」
 途端にクロスフウガの色が霞み、周囲の風景に同化していく。
 隠形機能を駆使することで姿を隠し、仲間の勇者たちが撃ち漏らしたブロンを人知れず切り伏せていく。
「……」
「どうした陽平。心ここにあらずといった感じだが」
「ああ。ちょっと気になることがあってな…」
 先ほどからずっと、エリィの言葉が何度も頭の中で反復される。
「当ててみせようか」
「やめてくれ。お前にまで世話焼かれたくねぇよ」
 苦笑気味に応える陽平に、クロスフウガは微かに笑ってみせる。
 戦闘中だというのに不謹慎だと思うのだが、やはりこんなモヤモヤを抱えたままでいるのは性に合わない。
「クロス、ヴォルライガーを探してくれ」
「先ほどからずっと我々を追いかけていたようだが?」
 既に補足済みということらしい。
「やれやれ、結局世話焼かれちまった」
 隠形機能を停止させると、戦場の空に滲み出るようにクロスフウガが現れる。
 できるだけ周囲に気を配り、足元で戦うヴォルライガーへと接近をはじめようとしたその時…、
「ん、あいつなにを」
 ライガーブレードを地面に突き刺し、目に見えて強力な雷撃が身体からあふれ出している。
 無防備。そう思える彼の姿に、陽平は思わず舌打ちをしていた。
「あのばか!」
 しかし、援護に向かおうと身構えた瞬間、突き立てられたライガーブレードが纏った雷撃を爆発させて、ヴォルライガーの巨体をロケットのように打ち上げる。
「おおおおおおおおおりゃあああああああああっっ!!!」
 狙いは──
「お、俺!?」
 まさか、と防御の構えをとるクロスフウガ。だが、ヴォルライガーの視線はクロスフウガを越え、その背後の敵へと向けられていた。
「背中がガラ空きだぜ!忍者さんよ!!」
 腰溜めに構えたライガーブレードを振り抜き、クロスフウガの背後に迫る数体のブロンをまとめて横薙ぎに両断すると、おまけとばかりに雷球を数発撃ち込んでおく。
「へっ、どうだ!──お…おおっ?」
 とんでもない荒業をキメたかと思ったヴォルライガーであったが、途端、その体勢がガクリと崩れる。
 無理もない。彼は飛べないのだから。
 やれやれとばかりに落下を始めたヴォルライガーの手を取るクロスフウガは、早足で滑空して手近な足場に着地する。
 少し戦場から離れてしまったが、まぁいいだろう。
「ったく、飛べないくせして無茶するから…」
 陽平の言葉に、膝を付いていたヴォルライガーから、志狼は僅かに睨みつける。
「でも──」
「ん?」
 視線を彷徨わせ、照れ隠しに頬をかきながら、陽平はすっと手を差し伸べる。
「なんだ…。ほら、助かった」
「ったく、素直じゃないな」
 差し出された手を握り返し、ヴォルライガーがクロスフウガに並び立つ。
 少し遠くに降りすぎただろうか。この少し小高くなった場所からは、仲間たちの戦う姿が一望できる。
 同じことを思っていたのだろう。志狼もまた、無言で戦場へと目を向けている。
「…なぁ」
「ああ。この辺りだ」
 陽平の呼びかけに、わかっていると志狼が頷く。
 周囲にそれらしい気配はない。しかし、ここは戦場を一望でき、更にはラストガーディアンを狙撃するには絶好のポイントに思える。
「こんなことなら狙撃手に絶好の狙撃ポイントでも聞いておくんだった」
「同じく、だ」
 刹那、戦場の中心に火柱が立つ。
 その威力に仲間たちが吹き飛ばされ、爆風に舞い上げられる。
「爆弾!?」
「いや、今のは砲撃だ!」
 だがとてつもない速度の弾丸だった。志狼の見切りでさえ弾丸であると認識できるギリギリの速度。おそらくはレールガンの類だろうと、志狼は視線を巡らせる。
「たぶん今のが本隊だな」
 旗艦か、はたまた砲台か。しかしそれを破壊することができれば、勝利の女神はこちらに微笑むはずだ。
「仕方ねぇ。こうなったら…」
 そんなことを呟き、陽平はクリムゾンフウガを分離させてクロスの肩に飛び移る。
「おい、なにする気だ?」
「決まってんだろ。オトリだよ、オ・ト・リ。俺とクロスが絶対にもう一発撃たせてやっから、お前はクリムゾンフウガを使って空から見つけてくれ」
 見切りの目に関しては自分より確かだからな、と付け加えておく。
 しかし、ただでさえ装甲の薄い忍巨兵。しかも鎧であるクリムゾンフウガを置いていくなど自殺もいいところ。
 当然、そんなことを許す志狼ではない。
「ふざけるな!死ぬつもりかよ!」
「まさか? だけどな、あんなのでラストガーディアンが撃たれてみろよ…。俺はその方が死にたくなるね」
 あそこには守りたい人がいる。守ると誓いを立てた姫がいる。
「……ぜったい死ぬなよ」
 あそこには守りたい人たちがいる。守り抜きたい大切な場所がある。
 ヴォルライガーの脇を通り過ぎ、クロスと陽平は無言で頷いた。
(1と100しか守れないなら、俺は1を取る)
(1と100、俺はどちらかだけ選ぶなんてできない)
 舞い上がるクリムゾンフウガの爪に掴まり、ヴォルライガーは一気に上昇していく。
「「なら、俺たちで101を守り抜けばいい!!」」
 その言葉を同時につむぎ、志狼は空へ。陽平は砲台のあるだろう場所へと駆け出した。
 やや心許ない足場であったが、忍巨兵にとってそれは苦にもならない。
 ごつごつした岩が密集した場所。それとも地下。出てこないならば燻り出せばいいとばかりにクロスがショットクナイを構える。
「クロス、隠れてそうな場所を虱潰しに攻撃しろ!」
「応っ!」
 ショットクナイをそれらしい場所へ次々と撃ち込み、そのたびに自分の足場を変更する。
 先ほどの弾速を見た限り、撃たれてから避けられるような代物ではない。足を止めるわけにはいかない。
「くそ、隠形機能でも使ってるってのかよ!」
「いや、もし同様の機能であるならワタシが発見できる。単純に隠れているか、それとわからない姿をしているだけだろう」
「わからない…姿?」
 クロスの言葉に、陽平の視線が周囲を彷徨う。
「わからない……あれか!?」
 見た目はただの小高い丘。しかし、明らかに自然ではないその形状は、この広い地形では一際目立っている。
 ともあれ、これだけ接近しなければわからなかったのだ。戦術的運用にはまったくといっていいほど問題ない兵器なのだろう。
 そしてその銃口らしき部分は…、
「しまったっ!?」
「かわせるかっ!!」
 まるで獣と目が合ってしまったときのような感覚に、陽平は舌打ちした。
 砲撃と同時にクロスの身体が大きく横へ跳ぶ。
 足場が悪いために受け身など取れたものではない。強かに身体を打ちつけながらクロスは丘を転がり落ちる。
「くっ、陽平無事か!」
 ほおりだされたパートナーの姿を探すクロスをよそに、当の陽平は土に塗れながら空の獣に向かって声を上げる。
「いけえええええええええっっ!!!」
 それに呼応するように、背中にクリムゾンフウガを纏ったヴォルライガーがライガーブレードを構え、一気に降下を始めた。
 砲台が次弾を装填するまで何秒あるのかはわからない。だが、それより速く切り伏せればいいだけのこと。
「おおおおおおおおおおおおッッ!!!!!」
 志狼の咆哮に合わせ、ヴォルライガーの獅子が唸りを上げる。
 クリムゾンフウガのバーニアが火を噴き、ヴォルライガーの姿が目視できぬ超速度まで加速する。
「くぅぅらいやがれぇッッ!!!」
 まるでミサイルが突き刺さるかのように、ヴォルライガーが砲台に飛び込んでいく。
「天空ッ!! 轟ッ!雷ぃ!ざあああああああああああんッッ!!!!」
 風切音に続き、甲高い雷鳴が鳴り響く。
 膝で地面を穿ちながらブレーキをかけ、ゆっくりと立ち上がる。
 背後まで切り抜けたヴォルライガーの背中で、刃を持つ翼が雷の粒子でキラキラと輝いている。
 ライガーブレードにもまとわりつくそれを振り払い、ヴォルライガーは空いた手で刀印を組む。
『我らの剣に、斬れぬものなし──』
 派手な爆発を起こして四散する砲台を背に、ヴォルライガーが勝利の咆哮をあげる。
 その咆哮は戦場全てに響き渡り、勇者たちはその勝利の咆哮に続き、戦闘を終結させていく。
 歩み寄るクロスの手の上でサムズアップする陽平に、振り返る志狼もまた、サムズアップでそれに応える。
「さすが忍者。あれをかわすとは思わなかった」
 ヒヤヒヤしたがな、と付け加え、志狼が笑う。
「そっちこそ。飛んだことないくせしてバッチリキメたじゃねぇか」
 陽平の言葉に、志狼は舌打ちしながら「ぬかせ」と不敵な笑みを浮かべる。
 どちらからともなく笑いが漏れ、次第にその笑いは大きなものとなる。
 騎士と忍者。考え方は違えど、まさにひとつになった瞬間であった。






「それで、あの2人は仲良くなったのか?」
「うんにゃ。それからも何度かぶつかり合いあったんだけどね」
 食事を終え、食後のお茶を啜りながら語る柊に、拳火は厨房から顔を出す志狼と、そのエプロン姿に笑う陽平へと目を向ける。
 陽平がエプロン姿を笑うたびに志狼の頬が引きつっていくのがわかる。
「何度か…ねぇ」
 これまた食後のお茶を啜りながら、ナイトブレードと獣王式フウガクナイのぶつかり合いを眺めてみる。
 無数の手裏剣を打ち落し、投げられた投網を切り裂きながら、ナイトブレードを振るう志狼と、必死にそれをかわしながら細かい攻撃を繰り返す陽平。
 そういえばこの光景は先日も見た気がする。
「…仲いいのか?」
 拳火の言葉に、呆れたように柊が肩をすくめる。
「まぁ、ケンカするほど〜って言うし、ね」
「なるほどねぇ…」
 頬杖をつきながらそんな2人を眺め、拳火、柊の両者は同時に小さな溜息をついた。