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『うつりかわり』

挿絵:阿波田閣下様







 最近、この地方で原因不明の地震や陥没、地割れが相次ぐとして、同地方の出資財団からラストガーディアンに、「トリニティの仕業では?」と調査依頼が来ていた。
 さすがになんでもかんでもトリニティの仕業にしてしまうのは、些か行き過ぎな気がしなくもないが、相手が相手だけにこちらも強くは出られず、仕方なく手の空いた者を集めていくつかの調査隊を結成すると、その付近の調査に当たらせた。
 だが、手が空いていた人材が少なかったとはいえ、調査隊の一つに犬猿の仲を入れてしまったのはさすがに失敗であったと思わざるをえない。
 勇者忍軍筆頭、忍者バカこと風雅陽平と、その好敵手であり、最近は仮面と合わせて抜かない刀を持ち歩いていることがトレードマークになりつつある男、釧。この犬猿コンビに加え、ブレイブナイツのプレイボーイ獣虎陸丸と、最近になって同チームの新戦力と判明した謎多きコウモリ翼の少女、ココロ。そして幻獣チームの若きランナー、双御沢鏡佳。以上の五名が今回の事件の中心である。
 しかし、いくらなんでも人手不足とはいえ、この人選は誤りであった。
 勇者忍軍同士、ブレイブナイツ同士と思えば悪くはないように聞こえるかもしれないが、よりにもよって、それが元敵同士だというのは些か問題がありすぎる。
 陽平と釧はライバル関係で、幾度となく命の取り合いをした仲だ。特に釧は頑なで、彼の実妹、翡翠を間に挟んでも、その溝が狭まることはなかった。
 陸丸とココロは文字通り敵同士。陸丸は妖魔を倒す勇者の一員で、ココロはそんな妖魔の僕だという。
 この四人が組むことでロクな結果が出るとは到底思えないが、それでも組まれてしまった以上は仕方がない。
 というか、この状況に放り込まれることになった鏡佳を哀れんでやるべきなのではと、真剣に吟味したくなるから不思議である。
 ともあれ、一部の者には、明日の食事がかかった大事な任務。たとえ険悪なムードが続くチームといえども、やるべき仕事はキチンとこなす。
 周囲は一面、山の緑ばかりが見える大自然。ピクニックというよりも山籠もりに近い印象を受ける景色の中、一際目立つのは弧を描くように続いた地割れの跡。
 五人は思い思いの位置からそれを眺めると、崩れた破片を手に取り強度を確かめる。
 草木の生えた表面はともかく、地盤は容易く崩れるような強度とも思えない。
 陸丸は鋼牙、石鷹、土熊を召喚して瓦礫をどかしてみるものの、相当深い部分まで崩れているらしく、小一時間掘り返したところで底が見えることはなさそうだ。
 ただの地震。それによる地割れと思えなくもないが、これがここら一帯にいくつもあるというのは確かに妙だ。
「なンか見つかったか?」
 そう言って声をかけてきたのは陽平だった。
 このメンバーでは分からなくもない。正直な話、陸丸も話しかけるとしたら、一番気兼ねなく話せる陽平か、無難なところで鏡佳に声をかけていただろう。
 隣に並ぶ陽平と地割れを覗き込み、土のマイトを駆使して周囲に同様の地割れがないか探っていく。
 陽平も同様に、土遁を用いることで地割れを調べているらしく、彼の足下で細かな瓦礫がカタカタと揺れている。
「これ、相当深いですね」
「相当っつーか、めちゃくちゃ深いな。デカい土竜でも住んでるンじゃねぇか?」
 そんな冗談じみた陽平の発言に苦笑を浮かべつつ、陸丸はちらりとココロの様子を伺う。
 気になっていたのはお互い様らしく、思いっきり目が合ってしまった。
 互いに何か口を開こうとしているのは見てわかる。しかし、結局どちらもかける言葉が見つからず、示し合わせたように目を逸す。
「なにか、わかりましたか?」
 突然背後から声をかけられ、陸丸は口から心臓が飛び出しそうなほど驚いた。
 振り返るとそこには、首を傾げる鏡佳の姿がある。
彼女は彼女で大地と風の幻獣シードグリフォンを扱うため、その契約具である地裂爪を用いることで、ここら一帯の地表を調べているようだ。
「なにもわからねぇことがわかった……ってとこかな?」
 陽平の言葉にそうですか、と一言返す鏡佳は、自分もシードグリフォンからはなにも言われないと小さく頭を振った。
「陸丸さんは……ココロさんが気になるの?」
 やはり鏡佳もお年頃。他人の色恋に興味があるのか、少し恥ずかしそうに頬を染めつつ陸丸の顔を覗き込むように、そんなことを尋ねてくる。
「ココロさん、かわいいもの。無理ないと思う」
「しかも、めちゃくちゃ強ぇときてやがる。残念だけど、忍者としての技術は俺よかあいつのが、一枚も二枚も上手だろうしな」
 動揺が顔に出やすく、あまり心理戦に長けていない陽平と比べれば、ほとんどの忍者は彼以上に分類されるに違いないとは、彼の名誉のためにあえて公言はしない。
 しかし、この陽平という少年も、戦闘センスだけなら驚くほどに高く、順応性にも優れている。
 そういう意味では彼もまた、忍者としては超一流なのかもしれない。
「そういえば、元の世界では友達同士……だったんだよね?」
「え。あ、はい。そうです」
 少し困ったようにそう答え、陸丸は鏡佳からそっと目を逸らしていく。
 別に彼女に苦手意識があるわけではないが、気恥ずかしくなるので目をじっと見て話すのはやめて欲しかった。
 友達同士。そんな言葉に彼女との思い出が、陸丸の脳裏を過ぎっていく。
 彼女との出会いはとても印象的で、今でも夢に見るくらい鮮明に覚えている。ココロがいたから今の自分がある。そういう意味では、陸丸にとってかけがえのない人物であるのは確かだ。
 しかし、現実はいつだって残酷で、彼女の正体を知ることとなった陸丸は、自分の希望を信じられなくなりかけた。それでもこうして行動を共にすることができるのは、この場にいないもう一人友達、鈴のおかげと言ってもいいだろう。
 陸丸が友達になったのは、妖魔だとか人間だとかに縛られた彼女じゃなくて、あの日、あの場所で自分に希望を教えてくれた“心”だったということ。
 少し考えれば悩むほどのことでもなかった。陸丸にとって、彼女の正体などその程度のことでしかなかった。
 もっとも、今この場で二人の間がぎすぎすしているように感じるのは、決して敵同士だからという理由からではなく、ただ話すきっかけが見つからないというそれだけの理由。
しかしそんな二人の姿は、傍目から見れば互いに意識しすぎて手も繋げないカップル以外の何者でもなかった。
 よく見れば陸丸もココロも耳が赤くなっているし、なんだかんだでお互いの様子をちらちらと探り合っている。互いに意識しているというのは、まんざら間違いというわけでもないようだ。
「なぁ。聞いてもいいか?」
「……はい」
 陽平の視線の先を見れば、質問というのがココロ絡みなのだと嫌でもわかる。
 もっとも、彼女のことを尋ねられたとしても、彼女のことなど片手で足りる程度しか知らないのだから、陽平が満足するような回答は期待されても困る。
 そんな陸丸の心中を知ってか知らずか、陽平の質問は予想とは随分とかけ離れていた。
「あの子、ココロってさ……敵だったンだろ? 一緒にいて、背中から斬られるとか思ったことねぇのか?」
 それは、陽平が釧に対して、日々感じている不安なのだろうか。
 背を向ければ即斬られるという不安。釧が共に戦場を翔ける度に、陽平は正面の敵と背後の敵に気を配っていることになる。
 心を許せぬ者に背中を任せて戦うことが、精神的にどれほど追い詰められるかわからない陸丸ではない。
 しかし、これこそが陽平と釧、陸丸とココロ。似たような関係の決定的な違いであった。
「オレは、心が背中にいてくれると安心できるんです」
 陸丸が友達になったのは、"人間の心"でも"妖魔のココロ"でもなくて、まぎれもない目の前にいる一人の"ココロ"という少女。だからこそ、彼女が妖魔だと判ったからといって、自分の中の彼女を否定する理由にはならない。
「心は、オレに希望を教えてくれた、大切な友達ですから」
 恥ずかしげもなくそう告げる陸丸に、陽平は納得したような、そうでないような曖昧な表情を見せ、その場に屈み込んで手近な土塊を握り潰した。
「敵同士だけど友達。友達なのに敵同士。似ているようで、違うんだね」
「オレは心のこと、敵だなんて思ってないんですけどね」
 そう言って笑う陸丸を、鏡佳は少しだけ羨ましいと感じていた。
 鏡佳にも、想い人がいる。しかし彼は敵として立ち塞がり、幾度となく幻獣チームを苦しめた。
 だが、そんな彼を救うべく、鏡佳の兄は命を投げ出し、結果、鏡佳の想い人は無事に救出されたのだが、この事件がきっかけとなり、あれほど好きで、今でもあわよくば恋仲にとまで想う彼に対してよからぬ感情を抱くようにまでなってしまっていた。
 当然そんなことを知るはずもない陸丸は、時折見せる鏡佳の憂いの表情から目を逸らすしかなかった。
「陽平さんは、釧さんが背中にいると怖い……んですか?」
 そう尋ねながら釧を探し、視線を泳がせる。
 全身から滲み出る刃物のような殺気を隠そうともせず、あからさまに自分から人を遠ざけている。
 陽平が顔を上げ、陸丸同様、釧に視線を向けると、釧は射抜かんばかりの視線を陽平に返してくる。
「まぁ、見ての通りかな。あいつは俺を敵視しているし、俺が隙を見せれば間違いなく斬りかかってくる。そんなヤツに背中を預けるのが怖くないヤツはいねぇだろ」
 わからなくもない。しかし、同時にそれは、とても哀しいことに思えた。
 剥き出しの敵意と、それに対する警戒心。
 やはり陸丸とココロの関係とは違う。それを痛感させられた瞬間であった。
 彼らがライバル関係であるということは周知の事実だが、同様にライバル関係と言われているブレイブナイツの御剣志狼や、幻獣チームの紅月竜斗とはまったく異質で、言葉にしてしまうと軽く感じるが、いわゆる宿命のライバルという関係なのだろう。
 そんな彼らが、せめてこの世界にいる間だけでも手を取り合うことができたなら。それは、どんなチームよりも理想的なコンビになるのではないだろうか。
(見てみたい。この人たちが互いに信頼しあって、共に手を取り戦う姿を)
 そんな想像を思い描く陸丸は、極力視線を合わせないようにしている陽平と釧に小さな溜め息をつくと、気を取り直して掌に土のマイトを集中させていく。
 地面に触れ、底を探り当てようとしたその瞬間、陸丸の感覚は地底で動く巨大な何かを捉えていた。
 大きい。それこそ陸丸のパートナー、猛鋼牙くらいはあるかもしれない。
 だが、それを告げるより早く、激しい震動が五人に襲い掛かる。
 信じられないくらいに上下に揺すられ、逃げようと歩みを出す間もなく足場が崩れ落ちていく。
「鋼牙! 石鷹! 土熊! 急いでみんなを回収して! 早くっ!」
 指示を出すものの、崩れる足場に足を取られ、重量の重たいものから順に地面の中へと引きずり込まれていく。
 鋼牙が釧を、土熊が陽平と鏡佳を、石鷹がココロを回収できたらしく、その掌に四人の姿を確認することができた。
「急いで逃げ──」
 だが、次の指示を出す間もなく、陸丸本人が地割れの中に落下を始め、一同の視線が陸丸を追いかけ集中する。
「陸丸、掴まれッ!」
 陽平が鋼糸を伸ばし、落ちる陸丸目掛けて投げ付けるが、惜しくも指先に触れるだけで空を切る。
 これは本気でまずい。そう思った瞬間、陸丸は信じられないものを見た。
「陸丸さんっ!」
 背中に蝙蝠のような翼を広げたココロが、石鷹を蹴り、陸丸に向かって手を差し延べる。
 崩れる岩や土塊の中で翼を広げるなど、無謀もいいところだ。咄嗟のことでマイトを使うことすら失念していたのか、翼は傷つき、見ている傍からボロボロになっていく。
「戻って心! 来ちゃダメだっ!」
 聞こえているはずの言葉も振り切って、精一杯伸ばされたココロの細腕が陸丸の腕を掴まえた。
 力いっぱい引き寄せて小さな身体で陸丸を抱き締めると、岩などで傷ついた翼をムリヤリ羽ばたかせる。
「あの馬鹿! フォローする方の身にもなれってンだ!」
 巫力を足に集中させ、"透牙"と呼ばれる風雅の歩法によって、信じられないほどの加速を得た陽平は、崩れる瓦礫を足場に二人を追いかける。
 瓦礫から瓦礫へ跳び、なんとか二人を回収すると、両脇に抱えて土熊の元へと駆け上っていく。
「陽平さん、早く!」
「わかってるっつーの!」
 この陽平という少年は、やはり天才の類なのかもしれない。彼と初めて出会った頃は、シャドウフウガと呼ばれる姿にならねばこんな超人じみた動きを見せることはなかったというのに、彼はこの世界に来てからというものめきめきと力をつけていった。
 それが彼の持つ鬼眼と呼ばれる力ゆえなのかはわからないが、彼の成長速度はすごいを通り越して異常だ。
 彼といい、陸丸の憧れるブレイブナイツの若きリーダーといい、いったいどこまで強くなるというのだろうか。
「さすがに地上まで戻ってる時間がねぇ!」
「土熊、オレたちを守って!」
 土熊が四人を掌で包み込むのと、瓦礫が落ちてくるのはほぼ同時だった。
 強い衝撃に揺さぶられ、まるでカクテルのようにシェイクされている気持ちになりながら陸丸の意識が徐々に薄らいでいく。
 ひょっとしたらどこかに頭をぶつけたのかもしれない。それに、ココロの翼は大丈夫だろうか。
 最後の力で視線を動かし、鏡佳の腕の中で横たわるココロの姿が見えた瞬間、陸丸もまた意識を手放した。





 徐々に意識が鮮明になっていく。そんな中、最初に視界に飛び込んできたのは、壁に寄りかかり不機嫌そうにこちらを窺う銀の仮面だった。
 寝覚めが悪い。そんな感想を抱きながらも、陸丸は慌てて身体を起こす。
 辺りは暗く、見たところそれほど広くもない空間のようだ。おそらく地割れに落ちて、地下の空洞にでも転がり込んだのだろう。
 ふと、ココロの翼のことを思い出した陸丸は、鏡佳に膝枕をされたまま意識の戻らないココロに慌てて駆け寄ると、彼女の傍らで様子を伺ってみる。
「大丈夫。見たところ外傷は翼だけだし、命に別状はないはず」
「心、良かった……」
 それを確認できただけで、陸丸は心底安心したようにその場にへたり込んだ。
「お。目ぇ覚めたみてぇだな」
「あ、はい。ご心配をおかけしました」
 いったいどこへ行っていたのか、小さな火を手に現れた陽平は、少し困った様子で陸丸の隣に座り込む。
「ったく、まいったぜ。この先もずっと洞窟が続いてンだけど、行けども行けども出口らしいものは見当たらねぇし、風が流れてる様子もねぇ」
 ようするに八方塞だ、と肩を落とす陽平に、陸丸もそうですかと肩を落とす。
 残念ながら、この狭い洞窟でメカを召喚するわけにもいかず、かといってどこまで掘ればいいのかもわからない現状で、土のマイトや土遁で地上を目指すのも現実的ではない。
 陽平の言うとおり、確かに八方塞のようだ。
「まぁ、救助を待つってのも一つの手段なんだけど……」
「待ちますか?」
 鏡佳にそう尋ね返され、陽平は冗談じゃないと目の前でふるふると手を振った。
 確かに、ここで延々と待ち続けるというのはあまり好ましくない。それに、他のメンバーとて暇ではないのだ。自力で脱出できるならそうするに越したことはない。
「お前は、何かいい案とかねぇのかよ?」
 どこかやけっぱちに聞こえる陽平の言葉が、本日初めて釧に向けられた。
 座り込んだ陽平を見下ろす釧の瞳は、変わらず敵意を剥き出しにしている。
普通なら、この時点で諦めてしまいそうなものだが、陽平はズボンの土を払いながら立ち上がると、釧に並ぶように壁にもたれかかった。
 このとき、一瞬だけ妙な違和感を覚えた陸丸は、陽平と釧を交互に見比べる。
 小さな違和感は、やがて大きな疑問に変わり、それは陸丸の中で確かな回答へと変わっていく。
(この二人、容姿がそっくりだ)
 陽平の方が若く、少年らしい顔つきなのだが、よくよく見てみるとこの二人は兄弟と言っても十分に通じるくらい良く似ている。
 鏡佳も同じ感想を抱いたのだろう。陸丸と顔を見合わせると、何度も二人を見比べている。
 ひょっとしてこの二人、自分に似ていることへの同属嫌悪のような感情も働いているのではないだろうか。並ぶ二人を見ていると、そんな気さえしてくる。
「この穴は、どこまで続いている」
 陽平が先ほど様子を見てきた方へと視線を動かし、淡々とした口調で確認する。
「さぁな。とりあえず俺が行ったとこよりも、もっと奥があるのは確かだよ」
 共に視線を闇へ向け、言葉を交わさずとも分かり合っているかのように、二人同時に壁から背を離す。
「おし。とにかくこの先に行ってみるぞ。で、もしも忍巨兵とかを召喚できるくらいのスペースがあれば、即脱出だ」
「はい。あ、心はオレが背負います」
 陽平がココロの方へ歩み寄るより早く制した陸丸は、駆け寄り、そっと起こして少女の小さな身体を背中に乗せた。
 想像以上に軽く、そしてやわらかい。そう意識しだすとなんだか恥ずかしくなってくるが、そんなことはおくびにも出さず、陸丸は陽平に続くように歩みを進める。
 懐に手を入れ、唐突にマッチを取り出した陽平は、それを火種に火遁で再び掌に火の玉を出現させる。
 彼らの使う忍術は、マイトのように自らの力で生み出すことはできないらしい。例外はあるものの、基本的にはなにかしら媒介を利用することで術として発現するらしい。
 マイトのように一つの属性に縛られることのない忍術だが、これはこれで不便なところもあるようで、何事も一長一短なのだと思わされる出来事だった。
 出口を求め、歩き始めて十数分。未だ景色が変わる気配はない。
「陽平さん、どの辺りまで見に来たんですか?」
「そんなもン、とっくに通り越してるよ」
 ということは、この洞窟を十分も二十分も歩いてみたわけではないらしい。
 確かに、この状況下に一人で先行しても、ロクなことにはならないだろう。
「それよか、なンか燃やせるものとかねぇか。いい加減出しっ放しってのも疲れるンだけど」
 そんなことを言われても、松明代わりになりそうなものが、こんな地下の洞窟で見つかるとも思えない。
 とりあえず辺りを見回すが、やはりそれらしいものは見当たらない。
「油はあるし、燃やせるものでもありゃあ楽なンだけどな」
 そんなものまで持ち歩いているのかとツッコミを入れたくなるが、こんなサバイバルのような状況では、彼のような四次元ポケット的な存在が非常にありがたかった。
「服でも燃やすか?」
「できれば、避けたいですよね」
「だよなぁ」
 お気に入りの服だとかそういうわけでもないようだが、やはり服を燃やすというのは最終手段にしたいらしい。
「私、ハンカチくらいなら持ってますけど……」
 そう言って取り出された真っ白なハンカチに、陽平も陸丸も困ったように顔を見合わせる。
「いや、さすがに燃やせねぇって」
「綺麗なハンカチなんですから、勿体無いです」
「でも、それじゃ……」
 そんな三人のやりとりを黙って聞いていた釧は、側面に手をついて一歩二歩と歩みを進めると、何を思ったか徐に巫力を集めていく。
 そんな姿を何事かと見守っていた陸丸は、次の瞬間、ビデオの早回しのように猛スピードで成長していく植物に、開いた口が塞がらなかった。
 獣王式フウガクナイで太めの枝をいくつか切り落とした釧は、無言のままそれを陽平に放り投げる。
「……悪ぃな」
 不服そうに見えなくもない表情はそのままに、一応礼だけはしておく陽平に対して、釧はいかにも「無様な」とでも言いたげな瞳で一瞥する。
 今のは木遁の術なのだろう。陽平の幼馴染みである桔梗光海の得意とする術だが、まさか釧も使えるとは思っていなかった。
「陽平さんは、今の術は使えないんですか」
「使えるよ。あいつみたく巧くはねぇけどな」
 ようするに木遁を使うという発想が出てこなかっただけなのだろう。
 なるほど。さっきの釧の視線は、陽平の判断力に対してのものだったわけか。
 ぶつぶつと文句を言いながらも、陽平は取り出した油を枝にかけ、掌で燃え続ける火を枝に移す。とりあえず、これで灯に困ることはない。
 しかしながら、一見、二人が協力しているように見える光景が繰り広げられたが、実のところ、先ほどから奇妙な緊張が二人の間に走っていることに、陸丸は気付いていた。
 釧は木遁を使用する際、意識を陽平へと向けていたし、陽平もまた、いつでも掌の炎を釧に投げつける用意があった。枝を切るときも、一瞬だけ陽平に殺気が向いていたし、陽平もそれに対して刃を抜きそうになっていたようだ。
 二人に気付かれないよう溜め息をつくと、陸丸はいざというときには割って入れるよう、できるだけ二人の間に入るように位置取りをする。
 ココロを背負ったまま、この二人の攻撃を同時にいなす自信はないが、さすがに放っておくわけにもいかない。それに、年上とはいえ鏡佳にそんなことをさせるわけにもいかない。
 背中のココロは、まだ目覚めてはいない。ひょっとすると頭を打ったのかもしれないと、肩越しに何度も様子を見る。
 静かな寝息と上下する胸に、不思議と安堵感が満たされていく。
 こうしていれば、本当にただの女の子なのに。そう思うと、自然と笑みがこぼれてしまう。
「獣虎……陸丸といったな。なぜキサマがその女を助ける。それはキサマの敵なのだろう」
「え……と」
 意外なところから声がかかり、驚きのあまり一瞬だけ口ごもってしまった。
「今は敵ではない。そう言うのなら、いつか敵に戻ったときに殺し合うのか」
 その方がよほど偽善だと言い放つ釧に対してムッとすると、陸丸は真正面から食ってかかる。
「そんなこと、絶対にしません。オレは心のことを敵だと思っていないし、今後そう思うこともない」
 今度ははっきりと答えることができた。
 だが、釧はその回答が不満なのか、わからないとでも言うかのように一瞬だけ瞼を伏せる。
「釧さんには、守りたいものとかないんですか?」
 答えはない。だが、見てわかるほどに、怒りの形相を浮かべた釧の視線が、今にも斬りかかってきそうなほどに、陸丸に突き刺さってくる。
 どうやら、彼にとってのタブーを口にしてしまったらしい。
 陸丸にとっての月の事件と同じように、釧もまた、母星を失ったと聞いている。それは彼が、守りたいものさえもすべて失ったという証にほかならない。
 だが、陸丸には新しい家族ができた。友達ができ、仲間ができた。釧にだって、それらができないはずがない。
「オレ、釧さんの気持ちにはなれません。オレも故郷を滅ぼされた。拳火さんや水衣さんも、妖魔たちに故郷を滅ぼされたんです。だからって、周りを拒絶して、ただ復讐だけを追いかけて生きていくなんて、今のオレには考えられない」
 志狼に出会う前ならば、ココロに出会う前ならばひょっとしたら釧と同じ道を歩んでいたかもしれない。しかし、今の陸丸はあのときの陸丸とは違う。そのことだけは、胸を張って断言することができる。
「何故だ」
「人はなにかを失っても、少しずつだけど、新しいものを手に入れていける生き物だからよ。生きている限り……」
 いつ目を覚ましたのだろうか。目をうっすらと開けたココロは、釧の顔を見ようともせずにそう答えた。
「失う方が早い。それは誰もが知っていることだ」
「だから宝を拒むのね。手に入れても、気がつけばするりと掌からこぼれ落ちてしまうことが怖いから」
 まるで、自分はその事実を目の当たりにしたとでも言うかのようなココロの剣幕に、釧は僅かながら動揺の色を見せる。
「失うのが怖いのは、生ある者として大切な感情なのだと私は教えてもらった」
 誰にとは言わないものの、その視線は陸丸に注がれている。
 なにやら恥ずかしいセリフを言われているようで、陸丸は顔を真っ赤にしつつ苦笑を浮かべる。
「ところで、目ぇ覚めたならいい加減降りたらどぉだよ?」
 空気が読めていないのか、それとも読むつもりがないのか、ケケケ、と悪魔笑いを浮かべる陽平に、ココロは少し困った表情を浮かべる。
 確かに、陸丸に背負われたまま、こんな口論をしたところで説得力などない。
「オレはこのままでも大丈夫。でも、心が降りたいなら降ろすけど……どうする?」
 その聞き方が反則だと、知っているのかそうでないのか。小さなプレイボーイの名は伊達ではないようだ。
 さんざん迷った挙句、ココロは陸丸の首に回した腕に、少しだけ力を込める。



「……まだ、少し眩暈がするから」
「うん。わかった」
 頷き、しっかりと背負い直す陸丸は、どこか誇らしげな笑みを浮かべると、改めて釧を振り返る。
「釧さん。陽平さんは絶対に逃げないよ。ちゃんと決着をつけるために、釧さんの前に立ちはだかる」
 さり気なく陽平の退路を絶ちつつ、陸丸は釧に詰め寄っていく。
 なにやら陽平が「オイオイ」と苦笑を浮かべているようだが、そんなものは些細な問題だ。
「だから、今この世界でまで、無理して戦おうとすることはないと思う」
「一時的な和解に、いったい何の意味がある。情に絆され、どちらかの剣が曇る勝負に、いったいどれほどの価値がある」
「それは、陽平さんのことを言っているんですか? それとも釧さん自身のことを言っているんですか?」
 これまで沈黙を守っていた鏡佳の指摘に、釧はなにも答えようとはしない。
「陸丸さんの言うとおり、そのときがくれば陽平さんは、誰に邪魔されることなく釧さんと決着をつけると思います。それとも、なにか待てない事情があるんですか?」
「みんなして俺を追い詰めたいらしいな、おい」
 頬を引きつらせる陽平は、やれやれとばかりに頭を掻くと、珍しく真面目な表情で釧を振り返る。
「こいつらの言葉じゃねぇけど、俺自身、早くお前と決着つけてぇとは思ってる」
 だからこそ強くなるし、そのための修行だってしているつもりだ。
 元々、陽平は強さに対して貪欲な人間だ。彼が強さを求めるのも、それがなければ翡翠を守り抜くことができないからで、もしも力を使わずとも彼女を守ることができるのなら、死に物狂いの修行などまっぴら御免と放り出しているはずだ。
 しかし、釧に出会い、彼と対峙することで、陽平の意識は少しずつ変わっていった。
 この男には負けたくない。いや、この男に勝ちたいと、自分でも気づかぬ内に、強く思うようになっていた。
「俺はまだまだ強くなる。どっかの木偶ナイトじゃねぇけど、俺にだってまだまだ伸ばせる部分があるんだ。なら、とことん強くなってから、お前の言う勝負とやらも悪くねぇンじゃねぇのか?」
 真の決着。すなわち、最強対最強。頂上決戦でこそ、その勝負に意味があるのでは。
 陽平の言葉を吟味しているのか、じっと目を逸らさず押し黙る釧に対して、陽平は答えは急がないとばかりに踵を返した。
「ま、今はここから出る方が先だよな。ってか気になってたンだけど、さっきから風が出てきてねぇか?」
 陽平の言葉に一同は、思い思いの方法で空気の流れを確かめる。
 確かに、微かだが風が流れ込んでいる。どうやらこの先になにかあるのは確かなようだ。
「出口じゃないにせよ、広いとこなら忍巨兵も呼べるしな」
「心の怪我もあります。急ぎましょう」
 陸丸の言葉に一同は頷き、少し早足になって風の発生源へと歩みを進めていく。
 目的の場所が近づくにつれ、風も少しずつだが強さを増しているようだ。
 それから無言のまま十分ほど歩き続け、一行はドーム状の広い空間に到着した。
 見たところ、ドーム球場くらいのサイズがあるのではないだろうかという空間に足を踏み入れた一同は、いったい何事なのかとぐるりと辺りを見回していく。
 見たところ出口らしい場所ではない。ドーム状に広がる巨大な空間に、今自分たちが入ってきた洞窟と同じような穴がいたるところに見受けられる。
「電車の……車庫みたいですね」
 鏡佳の感想はもっともだと思う。
 ここを中心に、いろいろな場所へ行けるように整備されているとしか思えない状況に、一同は揃って嫌な予感を感じていた。
「陽平さん、ここってまさか……」
「トリニティかはともかく、なにかいやがるな」
 獣王式フウガクナイを抜く陽平に合わせて砕虎を取り出すと、陸丸も周囲の気配に集中していく。
 地裂爪を装着した鏡佳が一歩下がり、釧は一番後ろで獣王式フウガクナイを引き抜く。
「それは抜かないの?」
 ココロの指摘に、釧は腰から紐で下げている一振りの刀に一瞬だけ視線を移す。
 獣王の証と呼ばれる刀。正式名称を炎鬣之獣牙と言うこの刀は、一度抜けば確実に相手を屠ることのできる武器だ。しかしその力ゆえ、一度鞘から解き放てば持ち主すらも食い殺すほどの代償を必要とするリードの秘宝。それをこの程度の状況で抜いていたら、いかに釧といえども命がいくつあっても足りはしない。
「出るぞ。黙っていろ」
 釧の言葉に一同の緊張感が高まる中、僅かだが周囲がカタカタと震え始めた。
 振動は徐々に大きくなり、洞窟全体に激しい振動が伝わった瞬間、一行の目の前の壁が轟音と共に土煙を巻き上げながら盛大に爆発した。
 続けて他の横穴からも何かが姿を現し、一同の見守る中、それは一斉に長い首を持ち上げた。
「な、なンだよ、こいつ……?」
「わかりません。頭もどこなのかわからないし、それに数も多いです」
 油断なく後ずさりながら背中から心を降ろすと、陸丸は手にした砕虎を構えて再び先頭に立つ。
 どう表現すればいいのだろうか。外見は、掃除機のホース部分のようで、それでいて全身にうっすらと毛が生えている。視線を感じないことを考えると瞳はないようだが、こちらを向いている頭頂部には鋭い牙が並ぶ顎が、大きく口を開けている。
「大きな芋虫? ミミズ……でしょうか。あまり直視していたい外見じゃないですね」
 その意見には大いに賛同したいと、この場の誰もがそう思っていた。
 それにしても大きい。人間くらいなら一口で丸呑みにできそうなサイズのミミズというのは初めて見た。
「トリニティの新兵器でしょうか」
「なんでもかんでもトリニティの仕業にしてやりたくはねぇけどな。突然変異にしちゃ、さすがにデカすぎだろ」
 はは、と陸丸が陽平の言葉に苦笑を浮かべた瞬間、巨大ミミズの群れは一斉に五人に襲い掛かった。
「舐めンなよ! 火遁、業火球之術ッ!!」
 手にした松明を媒介に、陽平の掌から巨大な炎弾が飛び出していく。
 直撃した炎が群れに広がり、巨大ミミズたちが僅かに戸惑いを見せた瞬間、一同は各々のパートナーを召喚する。
「暴れるよ、猛ッ鋼ッ牙ぁ!!」
『ゥオオオオオオオッシャァッ!!』
 猛鋼牙の巨体が壁となり、腕の一振りが巨大ミミズの群れを根こそぎ薙ぎ払っていく。
「「風雅流、召忍獣之術ッ!」」
 陽平が頭上に、釧が地面に獣王式フウガクナイを突きつけることで、彼らの新たなる力、蒼天の竜王、忍獣ヴァルガーと、太古の巨兵クロスガイアが姿を現す。
「竜王式忍者合体……、ヴァルッ!フウッ! ガァッ!!」
「真獣王式忍者合体! ガイアッフウガァッ!!」
 それぞれの忍者が搭乗することで人型へと変わる忍巨兵が、猛鋼牙の脇をすり抜けるように駆け出すと、二体が同時に突き出した拳が巨大ミミズの群れを分散させていく。
「幻獣、招来! シード……グリフォン!」
 ステップを踏むようにタタン、と踵を鳴らす鏡佳の足元に模様が浮かび上がり、それを扉代わりにして、なにかが勢いよく飛び出していく。
 ドーム状の空間内を飛び回りながら背に乗せた鏡佳を体内に誘い、シードグリフォンもまた、人型へと変形を遂げる。
「出でませ……。招来、影! 蝙蝠ッ!!」
 背後に伸びるココロの影が、巨大な水溜りのように広がっていく。それは彼女の愛機、影蝙蝠を収める異空間と繋がる巨大な穴だ。水面を破るように姿を見せた、女性型独特のフォルムを持つ闇色の忍者メカは、彼女自身であるかのように蝙蝠の翼を広げると、額の水晶から彼女を体内へと誘っていく。
 彼女の戦う姿を初めて目にすることになったからか、興味深く視線を向けていた釧は、ココロの呼び出した影蝙蝠の姿に狼狽の色を露わにした。
「忍巨兵……いや、忍邪兵だと!?」
 正確には違うようだが、忍巨兵の持つ独特のフォルムと性能、そしてなにより勇者忍軍が本来戦っているはずだった敵対組織、ガーナ・オーダの主力兵器──忍邪兵のような、どこか有機的な雰囲気を、それは併せ持っている。
 釧の言葉に陽平も目を見開いたが、今はそんなことを追及している状況ではない。
 両肩のビームバルカン──ヴァルショットを撃ち散らして巨大ミミズを牽制すると、さらに両肩に装備された卍手裏剣──蒼裂を飛ばすことで巨大ミミズの身体を切り刻んでいく。
「みんな、派手な技は控えて。この空間そのものは、ただ穴が開いただけの地面。強度はほとんどない」
 すれ違いざまに巨大ミミズの頭部(?)を蹴り飛ばすシードグリフォンから、鏡佳は不安そうな声で指示を出す。
 確かに、巨大ミミズなら多少土に埋まったからといって死ぬことはないだろうが、メカに乗っているといってもこちらは生き埋めにされるわけにはいかない。
「ひょっとして、この巨大ミミズが地割れの原因?」
 陸丸の疑問に、おそらくはと鏡佳が頷く。
 ミミズは栄養分の多い土を好み、その土中を掘り進みながら生きている。このサイズの、しかもこの数の巨大ミミズが土中を掘り進めば、確かに地震も地割れも起きてしまいそうなものだ。
『ったくよぉ。俺ぁちまちまするのは嫌ぇなんだが……よッ!』
 巨大サイズの砕虎を振り回す猛鋼牙の愚痴に苦笑を浮かべながら、陸丸は仲間たちの動きを目で追いかけ続ける。
 再び群れを成して襲い掛かってくる巨大ミミズに真正面から挑む真獣王ガイアフウガは、紙縒りのように捩れ合う巨大ミミズの群れに雷を纏う拳を突き入れ、鎖付きロケットパンチ──ヴォルテックナパームと共に壁へと叩きつける。
 鎖を引き戻す力を利用して自らも飛び込んでいくガイアフウガが巫力を込めた一撃を地面に叩き込むと、剣山のような無数の石槍が巨大ミミズたちを串刺しにしていく。
「たかが虫けら風情が、真の獣王に勝てると思っているのか」
 飛び散る体液がガイアフウガの頬を濡らすと、釧は興味が失せたかのように動かなくなった巨大ミミズから視線を逸らす。
「来なさい。相手になってあげるわ」
 ガイアフウガの頭上。逆さ向きで天井からぶら下がっているのはココロの駆る影蝙蝠だ。
 長く蠕動を続ける身体をいっぱいに伸ばし、影蝙蝠を目掛けて一斉に襲い掛かってくるおぞましい姿を嘲笑すると、ココロは巨大ミミズの群れ目掛けてそのまま落下を始めた。
 分身しながら繰り出される高速の一撃一撃が巨大ミミズの群れを折りたたみ、少しずつ塊へと変えていく。
「シードグリフォン、行きますッ!」
「ふふ。白羽、私についてこられるかしら?」
 影蝙蝠のように素早く連続で攻撃を繰り出せないものの、シードグリフォンは持ち前のスピードで下から跳ね上げるように一撃一撃を加えていく。
 二人の攻撃が重なり合い、太く長い巨大ミミズはいつしか巨大な球状になるほどに折りたたまれていた。
「疾風……!」
「滅殺!」
 動きに続けて鏡佳とココロの声が重なり合い、シードグリフォンの足と影蝙蝠のクナイに光が集まっていく。
「「サウザントムーン……、ドライバぁぁぁぁぁッ!!」」
 二人の技が弧を描き、暗い洞窟の天井いっぱいに千条の月が浮かび上がる。
「にゃろ、考えたな。二人以上で押さえつけるように攻撃すれば、周りの被害は少なくて済む」
 同じことを考え付いたのだろう。振り返る陽平に陸丸が頷くと、ヴァルフウガは高速移動で巨大ミミズをかく乱しつつ、壁際へと回り込む。
 同様に移動したガイアフウガが隣に並ぶ姿に戸惑うものの、それも一瞬のこと。すぐに不敵な笑みを浮かべた陽平は、掌に巫力を集めていく。
「陸丸ッ、いっくぜぇ!」
「はい! 任せてください!」
 普段は片手で使っているのだが、今必要なのは広い範囲をカバーする術の大きさだ。両手を地面に叩きつけることで土遁を発生させ、四角く区切られた地面が一気に跳ね起きる。
「土遁、岩石畳替えしぃッ!!」
 陽平の掛け声に合わせ、ヴァルフウガとガイアフウガが同時に地面をめくり上げると、彼らに襲い掛かっていた巨大ミミズの群れは、バットで打ち返されるボールのごとく猛鋼牙めがけて跳ね飛ばされていく。
『直球ド真ん中! 真っ向勝負でぇいッ!!』
「虎流槍術……」
 構える猛鋼牙に飛び込んでくる巨大ミミズにタイミングを合わせ、陸丸は手にした槍を高速で回転させていく。
「回ッ旋ッ斬りぃッ!!」
 回転する刃に触れた者は、例に漏れることなく細切れにされていく。
 丁度、シュレッダーに紙を入れたイメージに似ているかもしれない。
 ぐるりと見回して一通り片付いたことを確認すると、陸丸は槍の石突でトン、と地面を叩いて一息つく。
 示し合わせたように集まる仲間たちが、誰一人として欠けていないことに安堵しつつ、共に並び立つガイアフウガと影蝙蝠に小さな笑みを浮かべる。
 やはり陸丸の目に狂いはなかった。敵同士だとか、殺し合うライバルだとか、そんなことは一切関係なく、ここにいる全員はちゃんと協力し合うことを知っていた。
 なんだかそのことが嬉しくて、陸丸の笑顔はなかなか元には戻りそうもなかった。
「さてと。事件も解決したことだし、さっさと脱出するとしますか」
 陽平の無難な提案に頷くと、一同は揃って天井を見上げる。
 地上までは相当距離がありそうだが、このメンツならばそう時間はかからないだろう。
 もっとも、ドリル系の武装があればもう少し楽だったかもしれないが、さすがにないもの強請りをしても仕方がない。
「オレが先行します。陽平さんたちは崩れる瓦礫に注意してついてきてください」
 多少強引な方法だが、天心突で地上まで一気に打ち抜くしかない。
 土のマイトを切っ先に集中させ、天井目掛けて槍を構える。
「いきま──」
「待て」
 気合いを入れたところで出鼻を挫かれ、陸丸は自分の左腕を掴まえるガイアフウガを振り返る。
 陽平も彼と同意見なのか、ヴァルフウガも臨戦態勢のままドームの中心に意識を集中させている。
 陽平の視線を追うように目を凝らす陸丸は、ふいに何かに見つめ返されているような錯覚に陥った。
 何もないはずの場所に、何かがいる。一同がそれを認識した瞬間、ドーム中央の地面に僅かな窪みができた。
 しかし、それは小さな窪みにとどまらず、流砂のように少しずつ規模を拡大させていく。
 釧が召喚した孔雀型忍獣サイハを背中に装着すると、ガイアフウガに続くように全員が飛び上がることで難を逃れる。
 先ほどのように巨大ミミズが飛び出してくるような気配はないが、それ以上に大きななにかがこちらを見据えている。
「親玉の登場ってか」
 そんな軽口を叩く陽平に、ふいに何かが襲いかかった。
「おっと!」
 持ち前の反射神経でそれを回避する陽平は、自分に当たるはずだったものを振り返ると、わけがわからないとばかりに首を傾げる。
「……砂?」
 陽平の呟きに一同が疑問符を浮かべる中、眼下で拡がり続ける流砂から再び何かが打ち出される。
「砂を……超高速で弾丸のように発射している?」
 陸丸の意見に陽平が頷いた瞬間、二人の意見を肯定するかのように砂の弾丸が嵐のように連射された。
「避けてッ!」
 陸丸の叫びを合図に、五人は散り散りになって砂のマシンガンを回避していく。
 流れ弾のぶつかる天井が崩れ、暗い地下空間に砂埃を巻き起こしていく。
「いけない! すぐにでもやめさせないと……」
「さすがに、こんなところに生き埋めなんて、御免だからね」
 もうもうと立ち込める砂埃の隙間に、何かの姿を垣間見た。
「まさか、こんな大物が残ってたとはな」
「虫の王、とでもいうつもりか」
 その姿が徐々に鮮明になるにつれて、陽平の笑いが引きつっていく。
「大きい……」
 猛鋼牙ですら一呑みにしてしまえそうな大きな口が、地下空間の空を飛び回る五人に向けて大きく開かれる。
「確か妖怪にこんなやついなかったっけ? 野槌だとか、大砂虫とかいうやつ」
 野槌はともかく大砂虫は違うのではと思ったが、誰もがあえて陽平を追及しようとはせず、眼下に現れた巨大なミミズの王を見下ろす。
「それにしたって、いくらなんでもデカすぎねぇか?」
 これを見ていると、先ほどまで戦っていた巨大ミミズの群れが、卵から孵ったばかりの幼態に見えてくる。
「無駄口は後。今はこれを止めないと!」
 そう言って先行する影蝙蝠に続き、シードグリフォンと猛鋼牙が降下していく。
 口から吐き出される砂の弾丸を避けながら、無のマイトで生み出した手裏剣で影蝙蝠が攻撃を加えていく。
『大ッ! 閃光ォ弓ゥッ!!』
 猛鋼牙の弓から放たれる砲撃が、大きすぎる口の中へと消えていく。
 僅かな間を置いてゴクリ、と鳴らされた喉にそれを見た誰もが背中に冷たいものが流れるのを感じずにはいられなかった。
「ゴクリって、ちょっと……」
「野槌はなんでも食っちまうとは言うが、さすがに伊達じゃねぇな」
 そんな感想を漏らす陽平もまた、牽制にとヴァルショットを撃ち散らすと、続けて巫力を腕に纏わせていく。
「穿牙……」
 腕の巫力が螺旋を描き、ヴァルフウガの一撃により貫通力を与える。
 持ち前の機動性を駆使して接近すると、暴れる巨大ミミズの王に取り付いたヴァルフウガは、振り上げた拳を極太の身体に打ち込んだ。
「どぉだッ!」
 ヴァルフウガに受けた傷から紫色の体液が吹き出し、痛みからか巨大ミミズの王がその巨体を大暴れさせる。
 どうやらサイズが変わっても、普通のミミズと同じ性質は持っているらしい。
もっとも、普通のミミズがのたうち回っているのとはわけが違うため、あまり迂闊に攻撃を仕掛けるわけにはいかないようだ。
 撥ね飛ばされるように空へと逃れたヴァルフウガは、少し離れて傍観を決め込んでいるガイアフウガを振り返る。
 相変わらず何を考えているのかわからないが、どこか迷っているような様子が窺える。
 なんにせよ、彼には少し時間が必要なようだ。
「陽平さん。全力が出せればあれを倒せますか」
 これは疑問ではなく確認だ。
 場所が悪いために全力を出し切れていないのはわかっている。
 問い掛けに対し、僅かな間を置いたヴァルフウガがはっきりと頷くと、陸丸はわかりましたと崩れかけの天井を見上げた。
「ここはもう、いつ崩れてもおかしくない。だから、オレと猛鋼牙が地上まで一気に打ち抜きます。陽平さんたちはフォローをお願いしてもいいですか?」
「ってことは、瓦礫の処理ついでに猛鋼牙のフォローか。なかなかキツいな……」
「それなら、どっちかは私が引き受けるわ」
 合流する影蝙蝠の言葉に、ヴァルフウガはよしきたと掌に拳を打ち付ける。
「なら瓦礫は任せてもらうぜ。ココロと鏡佳は陸丸を助けてやってくれ」
「わかりました」
「……あの人は?」
 ココロの視線が、一人離れているガイアフウガへ向けられる。
「あいつは気にしなくていいンだよ。下手に手ぇ出すと、噛み付かれるぜ」
 そう言って笑う陽平は、不思議とどこか楽しそうだった。
「陸丸、思いっきりやれ。ぶっ倒れても後のことは任されてやる」
「また、随分と大きく出ましたね」
 しかし、それがハッタリに聞こえなくなっている辺り、陽平の実力がついたということなのだろう。
「そりゃな。俺たちが動けなくなっても、あいつがしっかり尻拭いしてくれそうだしな」
「おもいっきり他人任せじゃない」
 ココロの白い目に対して、役割分担だと言い張る陽平は、そういうことだ、と一度だけ釧を振り返った。
 返事はない。しかし、視線が交わったのを了解と受け取ったのか、やる気マンマンに肩をぐるりと回す陽平は、ヴァルフウガに搭載された両腕の遁煌を発動させると自らも巫力を解放する。
「蒼天の竜王の名は伊達じゃねぇぞ! 瓦礫なんざ一気に吹き飛ばしてやンぜ!」
 無風状態だった地下に、煽られるほどの強風が吹き荒れる。
「猛鋼牙ッ!」
『ぃよッしゃぁッ!!』
 陸丸と猛鋼牙の気合いが高まるにつれ、砕虎を包み込む土のマイトが急激に膨れ上がっていく。
 触れてもいない岩の破片がゆっくりと浮かび上がり、心なしか洞窟そのものが震動しているように感じる。
「虎流、槍ォ術ッ!!」
 土のマイトが周囲の岩石を寄せ集め、猛鋼牙の握る槍、砕虎を巨大なミサイルのように形成していく。
 もはや握るというよりも抱えていると表現するに相応しい砕虎を掲げ、猛鋼牙のバックパックが凄まじい勢いでフレアを吹き出していく。
「天──ッ!!」
 槍を引き、バーニアが出力の耐久限界を超えて火花を散らす。
「心──ッ!!」
 勢いよく飛び上がった猛鋼牙が槍とは逆の方向に回転を始め、何物をも穿つ巨大な槍となって天井に突き刺さる。
「とぉつゥゥゥゥッ!!!!」
 熱く焼けたナイフがバターを切るかのように容易く岩盤を打ち抜くと、猛鋼牙は地上を目指して一直線に突き進んでいく。
 さすがと感嘆の声を上げる間もなく無数に降り注ぐ瓦礫を一瞥した陽平は、両腕の遁煌で生み出した風遁を組み合わせると、自らで起こした風遁に乗せて、一気に解き放つ。
「風遁、煌ォ陣ッ!!」
 ヴァルフウガを中心に激しい気流が巻き起こり、それは瞬く間に竜巻へと変化する。
「荒れ狂えッ! ヴァルファングッ、インフィニットォッ!!」
 生み出した竜巻がドーム状の空間を駆け巡り、瓦礫も、小石も、巨大ミミズをも、みんなまとめて巻き上げていく。
 それに乗じて地上を目指す仲間たちを見送ると、ヴァルフウガは洞窟内を荒れ狂う竜巻を真上に向ける。
 あとはみんなが脱出したのを見計らい、自分が飛び出していくだけだ。
 だが、すべてがそう上手くいかないのが世の摂理。
 一足先に竜巻に巻き上げられた巨大ミミズの王は、なんと目と鼻の先を堀り進む猛鋼牙に狙いをつけていた。
 不気味に蠕動する身体を巧みに使い、大きすぎる顎をいっぱいにまで開く。
 落ちて来る岩など物ともせず、片っ端から呑み込み猛鋼牙に迫っていく。
「そうは、させない!」
 獣型に姿を変えたシードグリフォンは、一瞬で零距離まで近付くと、巨大ミミズの腹に鋭い爪を突き立てる。
「はぁぁぁッ!」
 固定するように足で腹を突き破り、人型に戻ると同時に周囲に舞う岩を利用することで、シードグリフォンの手に鋭い岩の槍を作り上げていく。
「ジオ・スティンガー……、セイバァァッ!!」
 勢いよく振り下ろされた岩の槍が、巨大ミミズの中腹辺りを串刺しにする。
 だが、岩の槍はそれだけにとどまらず、突き刺さった部分を基点に破裂すると、無数に飛び散る細かな刃となって内側から巨大ミミズを引き裂いた。
 だが、驚くべきはミミズの生命力だ。
 これだけのダメージを与えているにも関わらず、牙を突き立てようと残る力を振り絞ってどこが首かもわからない身体を猛鋼牙へと伸ばしていく。
「陸丸さんに、手は出させないッ!」
 風に乗って巨大ミミズと猛鋼牙の間に割って入る影蝙蝠は、飛び散ったジオ・スティンガーセイバーを土のマイトで自らの支配下におく。
「土遁烈破ッ、流星群ッ!!」
 影蝙蝠の意思で再び襲いかかる岩の破片が、次々に巨大ミミズを撃ち抜いていく。
 さしもの怪物も、ここまでされてタダで済むはずもない。
 断末魔の咆哮がビリビリと周囲の空気を震わせ、苦しげに暴れ続ける巨大ミミズが絶命するより早く、猛鋼牙の一撃が地下と空とを繋げる穴を開ける。
 眩しい。数時間ぶりの陽光に目を細めるココロは、振り返る猛鋼牙に小さな笑みを浮かべ──
「心っ! 逃げてェェ!!」
 陸丸がそう叫んだと思った瞬間、巨大ミミズの顎が影蝙蝠ごとココロの笑みを呑み込んだ。
 一瞬、何が起こったのかわからなかった。


"ココロが喰われた"

 それを認識するのに僅かな間を要し、そうと気付いた瞬間四人は同時に動いていた。
「あ……あ、ああああああああッ!!」
 悲鳴にも似た鏡佳の叫びに、シードグリフォンの身体が強い輝きを放ち、次の瞬間、シードグリフォンの身体が巨大ミミズにぽっかりと風穴を開ける。
「てぇめぇッ!! 吐ァき出しやがれぇぇッ!!」
 続く怒りの咆哮が、炎となってヴァルフウガを包み込む。
 四基すべての遁煌が炎を生み、両肩の竜が口を開けると、全身を怒りの赤に染め上げた暴竜へと変化させる。
「ブぅレイジングゥゥ、インフィニットォォッ!!!!」
 炎の竜巻が巨大ミミズを呑み込み、尾から頭にかけてを暴竜が一気に喰い破っていく。
 それに続いたのは、一人我関せずを決め込んでいたはずの釧と、紅の獅子ガイアフウガであった。
 なによりも意外だったのは、彼が怒ったこと以上に、あの刀をなんの迷いもなく解き放ったことだ。
「キサマは……、"爆ぜろ"ッ!!」
 引き抜かれた獣王の証こと、炎鬣之獣牙が閃き、ただの一撃、刃が斬り裂いただけで巨大ミミズの身体が内側から破裂する。
「うあああああああああああッ!!!! こころォォォッ!!!!」
 普段の穏やかな表情の下に隠された怒りの形相を露わにし、陸丸と猛鋼牙が鬼神の如く槍を振り回す。
 許さない。ただそれだけを叫び、ひとかけらの肉片すら残さぬ勢いで刃を走らせ、巨大ミミズは文字通り塵芥となって霧散する。
 しかし、憎い相手を殺したところで怒りは冷めず、陸丸は肩で大きく息を切らせながら自分を落ち着けると、頬を撫でる風の感触に辺りを見回した。
 数時間見ていなかっただけなのに、日の光がやけに眩しく感じる。
 あれだけのことがあったというのに、終わってみればあっという間の出来事で、すぐに訪れた静寂が余計に虚しさを感じさせる。
 猛鋼牙の開けた大穴の周りに着地した一同は、なんともしがたい表情で地の底を見下ろしながら各々のパートナーに地上へと降ろされると、足早に陸丸の下へと駆け寄っていく。
「ちくしょぉ! ちくしょぉ! ちくしょぉッ!!」
 その場に崩れ、後悔の悲鳴と共に陸丸の拳が大地に叩き付けられる。
「心が……、心がっ!!」
「はい。呼びましたか?」
「心が……」
「はい」
 泣き崩れる陸丸にかけられる声に、少しだけ温かみが込められた。
 ふいに見上げた陸丸の目に飛び込んできたのは、闇色の忍び装束に身を包んだ小柄な少女だった。
「……心?」
「はい」
 どこか放心気味にその名を呼ぶ陸丸に、ココロは無表情だけど、それでも嬉しそうに返事をする。
「心っ!!」
 駆け寄る勢いで抱き締められ、ココロは目を白黒させながら陸丸に言葉をかける。
「あの、ごめん……なさい」
「なんで心が謝るのさ」
 抱き締める腕に力を入れられ、ココロは困ったように陸丸の顔を見上げる。
「心配させて、ごめんなさい」
「オレの方こそ、ごめん」
 更に力を込められ、恥ずかしさから身をよじるものの、陸丸の浮かべる安堵の表情に、ココロはすぐに抵抗を放棄した。
「あの、なにがどうなって……」
 そんな二人を遠巻きに見ていた鏡佳の疑問に、陽平は簡単なことだと自分の足下を指差して見せる。
「喰われた瞬間、あいつは影に潜ったンだよ。あんまり完璧なタイミングだったから、俺も本気で焦ったけどな」
 簡単もなにも、普通の人間は影に潜れたりしないのだから、気付けるはずもない。ましてや陽平や釧さえも騙された鮮やかさ。常人の鏡佳には、とてもついていけない世界だった。
「そういや……」
 思い出したように踵を返し、陽平はガイアフウガに寄り掛かる釧に、ゆっくりと近付いていく。
 平静を装ってはいるが相当辛いのだろう。額に浮かぶ玉のような汗が、頬を伝って流れ落ちる。
「大丈夫か……ってのは愚問だな。まさか咄嗟のこととはいえ、獣王の証を使うとは思わなかったぜ」
 キサマには関係のないことだ。無言の視線がそう言っているが、素知らぬフリで言葉を続ける。
「それで。ちったぁ納得したのかよ」
 いつの間にか警戒を解いていた陽平は、無防備のまま釧の隣に腰を下ろす。
 一応、陽平なりに和解しようと努力した結果なのだが、釧はその行為の真意を計り切れず、さっきもああして遠巻きに様子を見ていたのだ。
 悩んだ挙句、答えは出たのか。陽平の問い掛けに対し、釧は背中を滑らせ腰を下ろすと、一言「キサマと馴れ合うのは御免だ」と呟いた。
 さり気なく失礼なやつと苦笑を浮かべるものの、初めて消えてた釧の殺気に陽平もまた、不思議な気分だった。
「お前とは必ず戦う。ガーナ・オーダをぶっ潰した後にでも、ゆっくりとな」
 少しでも近付けるうちに近付いておく。
 友達と約束を交わすように呟いた陽平は、ちらりと釧の顔を窺った。
「キサマの腕で生き残れるものか。ガーナ・オーダの前に、俺がキサマを斬る」
 釧の言葉にぐうの音も出ず、陽平はがっくりと肩を落とすと、盛大に溜め息をついてみせた。
 どうして普通の会話が成り立たないのだろうか。
 決着はガーナ・オーダを倒した後だと主張する陽平に対して、倒す前にしろと主張する釧。なぜこうも捻くれた言葉しか出てこないのか、不思議で仕方がない。
 見れば変わらす抱き合う陸丸とココロに当てられたのか、鏡佳は逃げるように離れると、携帯電話でラストガーディアンに連絡を取っていた。
 報告によると、どうやらここにいれば巨大ミミズの残骸ともども回収してもらえるらしい。
 ならばそれまでゆっくりさせてもらおうと、陽平はその場で大の字に寝転がると、誰に言うでもなく「しばらく冒険はいらねぇ」などと呟いた。





 後日、ラストガーディアンの食堂という思わぬ場所で、陽平と鏡佳は珍客に出会うことができた。
 あの日、地下の冒険を共に堪能した二人の忍者。釧とココロだ。
 いったいなにをしているのか、二人が向かい合わせで食事をしている姿など、初めて目にしたかもしれない。
 これは面白いとばかりに近づくと、二人の横から声をかけてみることにした。
「よ、お二人さん。珍しいじゃねぇか」
「こんにちは。二人はもう、すっかり仲良しだね」
「そう? 私、釧さんとは元々仲が良い方よ」
 ね。と同意を求めるココロに無言流す釧に、陽平は頬が引きつるのを感じていた。
 この男が否定しないということは、それだけで肯定としての価値がある。それはつまり、この二人は本当に仲がいいということなのかもしれない。
 それはそうと、結局あの巨大ミミズも生きたサンプルが手に入らなかったために、詳しいことはわからなかったそうだ。 突然変異なのか、それともやはりトリニティの仕業なのか。どちらにせよ、あんなものがまた現れたときには、例によってラストガーディアンにお声がかかるに違いない。
 もっとも、今度は自分以外のメンバーが選抜されることを期待したいとは、あの日関わった五人の総意である。
「そういやココロ。お前、怪我とかすぐに治っちまうンだよな?」
「それがどうしたの」
 大して興味もないのか、素っ気なく応えるココロは、おいしそうにお茶碗に盛られたご飯を口に運んでいる。
「あのときさ。翼ってすぐに治ってたンじゃねぇのか?」
「と、いうことは……ずっとおんぶしてもらってたのは?」
 二人に痛いところを突かれたのか、思わず咳き込むココロは手探りでお茶を手に取ると、一気に飲み干していく。
「な、なにを言い出すかと思えば……」
「ケケケ。わかりやすいやつ。って、おいこら! なに無言で刃物突きつけてやがる」
 ココロに助け舟を出したのは、なにを隠そうこの場にいるもう一人の人物、釧であった。
 降参とばかりに両手を挙げる陽平にフン、と鼻を鳴らすと、釧は刃を収めて再び食事に戻っていく。
 あの日、陽平と釧の関係は大きな変化を見せた。
 二人の決着をつけるため、一日でも早くトリニティを倒す。その目的のために、お互いの能力を有効に使う。つまり、戦場では不本意ながら協力するという約束を交わしたのだ。
 おかげで陽平と釧の間には、今までのような重苦しい空気はない。どちらかというと、日常生活の中でも一緒にいる姿を見かけるようにもなっていた。
 まぁ、お互いに譲れないものがあるのだろう。ロクに口もきかず、同じ空間にいるというだけのことなのだが、それでも珍しいことには変わりない。
 おかげで、噂好きのラストガーディアンメンバーは、代わる代わる二人の様子を見に来るようになっていた。
 そして今日も、やはり食堂の入り口付近で何人かのクルーがこちらの様子を窺っている。
「なぁ、たまには翡翠と一緒にいてやれよ」
 そんな陽平の言葉に箸を置いた釧は、さして興味もなさそうに、しかしどこか得意げに陽平を睨み返すとこう呟いた。
「キサマはやはり視野が狭い」
「あ?」
「釧さんが刺客だったら……今ごろお姫様、あの世行きね」
「……冗談だろ?」
 釧とココロの言葉にたじろぐ陽平。
「冗談に聞こえないところがさすがというか……」
 鏡佳もまた、そんな二人の言葉に苦笑で陽平と見つめ合う。
 しかしながら、後日、妹と一緒に艦内を歩く釧の姿が各所で目撃されており、その背後をこそこそと尾行する陽平の姿に、鏡佳は盛大に吹き出すことになるのだが、それはまた、別のお話。
「あれ? 心、奇遇だね」
「りっ、陸丸さん!?」
 唐突に現れたかのように意識の外から声をかけられ、文字通り跳ね上がるココロの姿に釧は視線を逸らし、陽平は意地悪く含み笑いを浮かべる。
「一緒にご飯食べてもいいかな?」
「え、ええっと、釧さんとか、鏡佳さんにもお伺いしないと……!」
 しどろもどろになってそう応えるココロの姿は、先ほどまでの彼女とは程遠く、特定の相手の前では少女はここまで変わるのかと感心させられる。
「って、俺はいいのかよ!?」
「構わん」
「私も、構いませんよ」
「はぁ。ったく、好きにしろよ。……しかし、なぁ。ぷっくく!」
「な、なにがおかしいんですか!」
 食って掛かるココロから目を逸らしつつも、なぜか吹き出す笑いを止められない。
「いや、なーんも。……ぷ、くくく」
「笑ってます! 陽平さん笑ってます!」
「笑ってねーよ。くくく……」
「心、なに食べてるの?」
「え、きつねうどん……ですけど」
「じゃあ、オレもそれにしよっと」
「あ、あの! このお盆を使ってください」
「ありがとう」
 食事を取りにいく陸丸に、雛鳥のようについていくココロの後姿はじつに微笑ましく、今日も今日とてブレイブナイツの面々に、あわただしくも平和な日常を満喫させてもらった陽平であった。