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お昼前──。

 ここ、ラストガーディアン内道場は、実戦紛いの訓練が行われることで有名である。
 今日も今日とてそれは変わらない。本日のメンバーはブレイブナイツの御剣志狼と勇者忍軍の風魔楓。そして、それを見届ける志狼の幼馴染み、エリス=ベルことエリィと、どこから連れてきたのか膝の上で大人しく撫でられる猫である。
「二人とも頑張れ〜♪」
 そんな声援が聞こえているのか、二人の動きは徐々に激しくなっていく。
 変幻自在の楓が投げるクナイを、志狼は天性の見切りでひとつ残さず叩き落とし、志狼の木刀が無数の閃を描く度に、楓の身体は木の葉のように舞う。
 まるで演舞でも行っているかのような二人の姿に、エリィは心地よさそうに眠る猫の背にトントントン、と指を打ちつける。
「〜♪」
 まるで指の音が聞こえているかのように更に激しさを増す二人に、エリィは気を良くして鼻歌まで歌い出す。
「ふんふふんふ〜ん…♪」
 そんなエリィの前で、何度も剣戟が繰り返される。
 しかし、この二人の訓練はなかなかに内容が濃く、そろそろ常人のレベルではなくなってきている。互いに師が常人レベルでないだけに無理もないのだが。
「楓っ!」
 志狼の声に楓が頷き、二人は弾かれたように距離を取る。
 楓が腰に差していたもう一振りの木刀小太刀を引き抜き構えを取るのに対して、志狼は刺突の構えを取り、一撃必殺のためにやや腰を深く落とし力を溜める。
 そんな二人の姿にエリィはひとつ頷くと、少し真面目な顔を浮かべてスッ…、と腕を振り上げる。
 自分が試合っているわけではないはずなのに、自分の鼓動までもが少しずつ早くなっていくのがわかる。見ている者にまで緊張の糸が張り巡らされるほどの空気に、エリィは小さく呼吸を整えると、大きく息を吸い込み…
「はじめぇー!!」
 声と共にエリィが腕を振り下ろす。
 そんなエリィに驚き逃げ出した猫が二人の前を通り過ぎるのと、二人の間に張り巡らされた熱された鋼のような緊張の糸が切れたのは同時。次の瞬間、志狼と楓が一斉に飛び出した。
風魔流、飛閃っ!!
御剣流、雷鳴刃っ!!
 互いの技が力場を生み、僅かな拮抗と共に二人が背後へと走り抜けていく。
 刺突技はほぼ互角らしく、楓は雷鳴刃用に身につけていた上着を、志狼は着の身着のままのTシャツをボロボロにされ、お互い示し合わせたかのように苦笑を浮かべる。
 頃合を見はかり、パンッパンッ、と打ったかしわ手に振り返える二人に、エリィは立ち上がり腕時計を指さした。
「二人とも〜、そろそろ終わりにしないとお昼の時間なくなっちゃうよー」
 いつの間にか時計は12時を過ぎ、既に30分以上もの時を刻んでいる。
「では…」
「終わりにしようか」
 二人が礼をしあったのを確認すると、エリィは先ほどの緊張からか大きな溜め息をついた。
 しかし、すぐ後ろに置いてあったクーラーボックスから冷たいタオルを取り出し、二人の下へと小走りで駆け寄っていく。
「相変わらずだね、二人とも」
 エリィが手渡したタオルで汗を拭い、志狼はまぁな、と笑みを浮かべる。
「はい、楓ちゃんも」
「ありがとうございます」
 汗を拭いながら、修行や戦闘の際は邪魔になるからとポニーテールにまとめている長い黒髪を解き、楓は幾度かに分けて頭を振る。
「しっかし最近はなかなかキメさせてくれねぇな」
 雷鳴刃のことだろう。志狼の言葉に、楓もまた笑みを浮かべる。
「もちろん、こちらも対策していますからね」
 そう何度も何度も裸に剥かれるわけにはいかないと告げる楓に、志狼は苦笑を浮かべた。
 当然、隣ではエリィが修羅の如き形相を浮かべているのは言うまでもない。
 ちなみに、志狼の名誉のために言わせていただくが、決して雷鳴刃を放つたびに裸に剥いてるわけではなく、本当にたまにであることを補足させていただく。
「なんだ、もう終わっちまったのか」
 突然聞こえた声に残念ながら、と答える志狼は、タオルを首にかけるとひょいひょいと自分が叩き落したクナイを拾い上げていく。
「そう何度も技を盗まれたらかなわねぇよ」
 苦笑気味にそう付け足し、志狼は入り口に立つ人物、風雅陽平を振り返った。
「俺にもマイトが使えりゃ、御剣流もしっかり盗ませてもらうンだけどな」
 笑いながら冗談っぽく告げる陽平に、志狼はそうはいくかと不敵な笑みを返す。
 そうでなくとも陽平はここラストガーディアンに来てから凄まじい速度で腕を上げているのだ。これ以上は遅れを取るやもしれないと、実は内心ヒヤヒヤさせられている。
 どうやら志狼の数少ない身近なライバルは、今か今かと彼のことを狙っているらしい。
「先輩は見学ですか?」
「まぁな。楓こそ、今日は……無事みてぇだな」
 陽平の言葉に楓もまた笑いながら頷いた。
 とりあえず念のためにもう一度補足しておくが、何度も何度も裸に剥かれているわけではない。決して。
 しかし、そのネタで志狼をからかう度にエリィの怒りゲージがMAXまで上がるのは、やはりそういったことが現実にあったためだろう。
「そういや柊がボヤいてたぜ。街に出るんだろ?」
 すっかり忘れていたらしく、志狼と楓は二人揃ってしまったとばかりに苦笑を浮かべる。
「それじゃ、とりあえず俺は着替えてくるから」
 さすがにこの格好で街中に出る勇気は持ち合わせていないらしく、志狼は大急ぎで道場を飛び出していく。
 やれやれとそんな背中を見送る陽平に、楓は小さな笑みを漏らした。
「先輩。良かったら先輩も一緒にいきませんか?」
 街に降りるという件についてだろう。しかし、陽平は頭を振ると向こうを顎でしゃくり…
「悪ぃ、翡翠待たせてンだ。荷物持ちなら柊と志狼に頼んでくれよ」
 そう言ってバツが悪そうに笑うと、陽平は楓の言葉も待たずにさっさと道場を去っていく。
 そんな陽平に無意識に手を伸ばそうとするが、すんでのところで思い留まった楓はホッと息をついた。
「み〜た〜わ〜よ〜♪」
 背後から、そんないかにも楽しそうな声と共に怪しい笑みの気配がした。
 当然、この場に残った人物以外考えられないわけだが、当のエリィがいつの間に背後へ忍び寄ったのか気付くことができず、楓は不意をつかれる形で肩をビクリと跳ねさせた。
「な、なんのことですか? 気のせいですよ」
 やや焦ったためか、声が上擦っているのをエリィは決して聞き逃さない。
「楓ちゃ〜ん♪」
「知りません!」
 そのまま立ち去ろうと楓が動いた瞬間、エリィはふと足元にあるクナイに目を奪われた。おそらく先ほど志狼が弾き返していた流れ弾だろう。
(迂闊ナリ、楓ちゃ〜ん♪)
 ひょいと引き抜いて拾い上げると、エリィは怪しい笑みのまま見よう見真似でクナイを振りかぶった。
「ねぇ、楓ちゃ〜ん!」
「ですから私はなにも知らないと…」
 そう言いながら振り返った瞬間、楓のこめかみを何かが掠めていった。






「悪ぃ、遅くなっ……た?」
「オイラもぉ待ちくたびれちゃったよ……って楓、なにやってんの?」
 着替えを終えた志狼は柊を従えて再び道場に顔を出したのだが、二人は目の前の光景に思わず言葉を失った。
 そこには正座をさせられ苦悶の表情を浮かべるエリィと、着替えはいったいどうしたのやら、先ほどの格好のまま延々と説教を続ける楓の姿があった。
「楓ちゃぁん、もうゆるしてぇ〜」
「許しません。エリィさんは刃物についてじっくり学ぶ必要があります」
 大元を正せば回収を怠った楓の不注意なのだが、どうやら旗色はエリィに悪いらしい。
 その後、約一時間に渡って説教が続いたのだが、楓の剣幕に誰一人として止めに入る者はいなかった。






友情のあり方







「う゛う゛う゛う゛……。まだ足がおかしいよぉ」
 これで何度目だろうか。志狼の隣で嘆くエリィに、助けを求められた当人は知らんとばかりに遠くを見る。
 話を聞いた限りでは、確かにエリィに旗色が悪い。とりあえず志狼は説教に関して弁明もフォローもするつもりはないらしい。
「シロー…おんぶぅ」
「するかっ!」
 相変わらず仲の良い二人に、楓は自然と表情を綻ばせる。
 しかし、そんな楓の背中をつつく人物がいた。
 当然ながらもう一人の同行者である双子の兄、柊なのだが、その様子は出発前とは打って変わってあまり乗り気ではないように見える。
 それもそのはず。全ては目の前を歩く新たな同行者の存在が原因なのだから。
「柊、言いたいことがあるなら姉さんに直接言えばいいでしょう」
「じゃあ楓は言えるのかよ」
 その答えはノーだが、あえて口にする必要はないので言葉を濁しておく。
「二人とも、遅れていますよ」
 そう、風魔兄妹の天敵であり、師であり、実の姉でもある女性、風魔椿。
 彼女の同行は本来予定になかったと記憶していたが、いつの間にやら当たり前のようについてきている。
 志狼とエリィはそんなことを一言も言ってはいなかった。更には椿が合流したことに驚いていたところを見ると、この件には無関係のはず。
(いったいどうして…)
「楓…」
 内心で疑問を呟いたのと同時に椿が隣につき、楓の心臓がドキリと跳ね上がる。
 いったい何事かと表情を伺ってみるが、やはり師である姉の表情からはなにも読み取ることはできない。
 しかし、そんなことをしていれば視線に気づかれて当然。だが、あえて気にした様子もなく椿の方から声をかけてきた。
「そんなに気になりますか?」
「……いえ」
 出来る限り平静を装ったつもりだが、この姉を相手に隠し通せるとは思っていない。これならば柊のように本音を言ってしまう方がかえっていいのではないかとさえ思えてくる。
 更に追及されているような姉の視線に、楓は負い目からかはたまた他の理由からか、ほとんど無意識的に目を逸らしてしまう。
「椿さ〜ん、どうしたんですか?」
 天の助けとはこのこと。
 タイミング良くエリィが声をかけたために、楓がそれ以上を追及されることはなく、椿は柔らかな笑みでなんでもないと告げる。
 そのまま流れるように会話を始めた二人から逃げるように歩みを速める楓に、一連を盗み見ていた志狼が苦笑を浮かべる。
「楓たちって本当に椿さん苦手なんだな」
 綺麗だし優しいのに、と続ける志狼に、楓は半ば遠くを見るような目をしてしまう。
「志狼さん、綺麗な花には棘があるものです。甘い香りを放つ花は捕食性を持つものは少なくありません」
 楓の言わんとしていることはわかる。しかし、志狼にとっては綺麗で優しく、そしてなにより強い女性なのだ。僅かながら憧れの感情を持ってもおかしくはない。
「…志狼さんは既に姉さんの術中なのですね」
 そんな本気で悲しそうな表情をされても困る。
 そもそも、クノイチだとわかっていながら彼女に惹かれないのは達人レベルの人たちや同性愛者くらいではないのだろうかと思う。
「聞いていいか?」
「ダメです」
 志狼が内容を言う前に楓が先手を打つ。
「柊は?」
 矛先が変わり、今度は柊に尋ねてみる。
 肝心の柊はと言うと、無理矢理にでも椿の姿が視界に入らないよう、完全にそっぽを向いていた。
(そこまでするくらい嫌なのか…)
 どうしても理解できないと首を傾げる志狼に、柊もまた、ノーコメントの意思表示を見せる。
 そもそも、今日は楽しい外出ではなかったのだろうか。これではまるで連行中の犯罪者ではないか。
 そんな志狼の考えが顔に出ていたのか、柊と楓が小さく溜め息をついた。
「志狼のアニキが考えてるのはある意味正しい」
「ですね。姉さんは私たちの監視も兼ねていますから」
 実の弟たちにここまで言わせるとは、いったいどんな生活を送っていたのか非常に興味があるが…、これ以上この話題を続けるのは得策ではないと判断し、志狼はなにか話題になりそうなものを探してみる。
「っと、そういやなにを買いにきたんだっけ?」
 普通、まず最初に浮かびそうな話題であったが、出てこなかったのは彼らが特殊故のことなのだろうか。
「私は日用品もそうですが、道具を少し…」
 忍者道具をということだろう。
 迂闊にそういった単語を口にしない辺りはさすがと言える。まぁ、柊は気にせず口にしそうだが。
「オイラはプラモの補充。前に沙希やほのかと弄ってたらぽっきりやっちゃってサ」
 そう語る柊は実に悲しそうな目をしている。これが芝居でないのだとしたら、やはり彼は生粋のマニアなのだろう。
(まぁ、それを言うなら陽平はそうだよな)
 幸せそうにコレクションを手入れする陽平の姿は容易に想像ができる。というか、何度も目撃している。
 しかもあの膨大な量をこの世界にきてから集めたと言うのだから恐ろしいものがある。
 以前、自分もなにかを収集してみようかとも考えたが、どちらかと言えば一つの物に愛着がわくタイプだし、コレクションをしている暇があるなら剣の腕を磨いていたいと思う。
(ようするに俺には向いてないってことだよな)
 志狼は改めてそれを認識する。
「そういえば陽平や光海は誘わなかったのか?」
 つい先ほどまで一緒にいたのだ。柊や楓の性格上、声をかけないのは考えにくい。
「かけましたよ。先輩は姫と一緒にいるそうです」
「光海さんは雪姫に弓道教える約束したんだってさ」
 なるほど。それぞれ先約があったわけか。
 しかしながら、楓の言葉に棘らしいものを感じたのは気のせいであろうか。否、気のせいなんかではない。事実、楓の纏う不機嫌オーラが増大している。
(陽平。いったいなにしたんだよお前は…)
 正確にはなにもしていないから不機嫌なのだが、志狼がそんなことを知るはずもなく、しきりに疑問符を浮かべている。
「拳火のアニキと水衣さんは?」
「あの二人なら新しい練習相手が出来たって喜んでたし、たぶん道場で黄華たちと一緒じゃないか?」
 幻獣勇者の壬生黄華は、拳火たちと同じく徒手空拳を武器とする。確かに願ってもない相手だろう。
 そういえば拳火は、なにかと釧に挑み続けているが、ずっと無視されているらしく今までに一度もやりあったことがないのだとか。ひょっとしたら今日こそはと挑みにいっている可能性はある。
「二人とも特訓とか好きだよね〜」
 志狼のアニキも、と付け加える柊に志狼は苦笑を浮かべた。
「ねぇねぇ! 楓ちゃんはどこからいく?」
「え、エリィさん!? あの、姉さんは…?」
 突然飛びつかれたのも驚いたが、椿の姿が消えていることに楓の不安は大きくなる。
「椿さんなら用事があるから後で合流するって」
 その言葉は楓の不安を更に追いつめていく。
 どうやらそれは柊も同じくらしく、しきりに周囲を伺っている。
(どこで見張られているかわからない…)
(とりあえずミスしないようにしよっと)
 兄妹揃って同じようなことを考えながら、二人はなんとか平静さを取り戻す。
 すぐに感情を処理出来る辺り、やはり彼らがプロの忍者なのだと思わされる。
「それで、楓ちゃんは最初どこいくの?」
「とりあえず日用品を先に済ませようと思っています」
 楓の言葉にエリィの目がキラリと光る。
「服とか?」
「はい…」
 頷く楓によしきた、とその腕に自分の腕を絡める。
「シロー、それじゃまた後でね!」
 そんな言葉と志狼たち男二人を残し、エリィは土煙でもあげそうな勢いで楓を引きずり走り去っていく。
 まるで台風のような少女だ。
 とりあえずこうして歩みを止めていても仕方がない。二人に呼ばれるまではこちらはこちらで買い物でもするとしよう。
「俺たちも行くか……って柊?」
 いつの間にやら柊の姿もなく、志狼が慌てて周囲を伺ってみるが案の定、玩具屋のショーケースに張り付いている妖怪かべちょろめの姿があった。






「さぁ、楓ちゃん!」
 エリィのただならぬ雰囲気に、楓が僅かに後ずさる。
「な、なんでしょうか…」
 エリィの言いたいことはわかる。わかるが出来れば遠慮したい。
「こ・れ♪」
 まぁ、その爛々と輝いた期待の眼差しと、ひらひらだらけの服を手ににじり寄られれば、わかるなという方に無理がある。
「…き、拒否権は?」
「たった今、エリィちゃん権限で廃止されたよん」
 なんとまぁ都合のいい権利なのだろうか。
 しかし、普段から動きやすい服などを身につけており、オシャレらしいオシャレをしない楓が、ひらひらフリルの服を着るというのも案外新鮮でいいかもしれない。
 もっとも、本人にしてみればいい迷惑なのだろうが。
「さぁ、観念してこれを試着して〜♪」
「し、試着だけですからね? 買ったりしませんよ?」
 楓の言い分などなんのその。エリィは服を楓に手渡すと、半ば無理矢理試着室に押し込んでいく。
「ごゆっくり〜」
 そんな笑顔で見送られ、楓は渋々と試着室のカーテンをスライドさせた。
 早速着替えに入ったのか、中から聞こえる衣擦れの音にエリィはにんまりと笑みを浮かべる。
 そっと近づき、息を殺して…
「エリィさん」
 怒りに震えるような声にエリィの肩がビクリと跳ねた。
「な〜にかにゃ?」
 白々しい。
 しかし、楓はわかっていますとばかりにカーテンを僅かに開けると、その隙間から黒光りするクナイを覗かせる。
 どうやら聞き耳を立てたら殺られるらしい。
「いいですね?」
「らじゃー」
 まったく、と呆れたようにカーテンを閉め、再び衣擦れの音。
 しかし聞き耳を立てるにも命は惜しいので少し離れておくことにする。
 どうやら諦めるつもりはさらさらないらしい。
 とりあえず手近にある服を手に取ってみる。先ほど楓に選んだようなカワイイ系の服だが、たまにはこういうのも悪くはないと思う。
(シローはどっちが好きかな)
 いつも背中を見ている幼馴染みを思い浮かべ、エリィは照れたように笑みをこぼす。
「ねぇ、楓ちゃん」
 エリィの呼びかけに、普段着慣れないためか少々着替えに手こずっている楓が半脱ぎ状態で手を止める。
 しかし、これなら着物の方がまだわかるというものだ。やはりもっと最近のファッションも覚えておかなければ、何かあったときミスに繋がりかねない。
「ヨーヘーくんはやっぱりそういうカワイイ系が好きなのかな?」

どんがらがっしゃん!

 試着室からなにやら派手な音が聞こえたようだ。
「ん〜。どーしたのかにゃ?」
「え、エリィさんが急におかしなことを言うからです!!」
 あの楓が試着室が揺れんばかりの大声とは珍しい。やはり動揺しているのは間違いないようだ。
「もしかしてヨーヘーくんのこと気になってたりする?」
「しませんっ! 私たちはいわば主従。その関係が変わることはありません」
 まったく、とどこか芝居がかった声を最後に楓は着替えに戻ったらしい。
 それにしても困ったものだ。友人として光海の恋も応援してあげたいのだが、楓のことも気になってしまう。しかも相手が二人して同じというのもまた悩みどころだ。
 もっとも、その当の本人が二人を気にしている素振りがないことが一番の難点なのだが。
(翡翠ちゃんべったりだもんね。あ〜…ヨーヘーくんも罪な人だ〜)
 今頃、その翡翠を相手に何をしているのやら。今日を断ったのも翡翠関連というから重症だ。
 守ると、守り抜くと誓った相手だから仕方のないことなのかもしれないが、少し過保護すぎるかもしれない。
「それこそ、くっしーさんっていうお兄さんもいるんだしね」
 しかしエリィは知らない。地球で初めてあの兄妹が再会したときになにがあったのか。
 絶望に満たされた瞳が更なる絶望を招いたこと。そして希望は少女を救い上げたこと。
 陽平にとって翡翠とは姫なのかもしれない。しかし翡翠にとって陽平は、今や唯一家族以上に近しい存在なのかもしれない。
 それは志狼にとってエリィが守ると誓った相手であり、エリィにとって志狼がそれ以上であるように。
「楓ちゃん」
 エリィが声をかけたのとほぼ同じタイミングでカーテンが引かれ、中からひらひらフリル姿の楓が姿を現した。
 どうにも、かなり恥ずかしいらしく、先ほどからもじもじする仕草などはより可憐さを引き立てる。
「どうですか…?」
 顔を真っ赤にして上目遣いに尋ねる楓に、エリィはやられたとばかりに苦笑を浮かべる。
「うん。やっぱり楓ちゃんも女の子。かわいい服も良く似合う♪」
「あ、ありがとうございます」
「じゃあ次は私だよ。楓ちゃんはちょ〜っとそのまま待っててね」
 そう言うと、このまま待つのは困ると主張する楓を押し退けて試着室へと入り込んでいく。
「はい、交代交代〜」
「ちょっとエリィさん! …もぅ」
 頬を膨らませながら、楓はふと、自分の姿に目を落とす。
 今までこんな格好をしたことはなかった。確かに父や姉の仕事を手伝う際に、少し動きにくい服装になることはあったが、ここまで無防備な姿になったのはやはり初めての経験だ。
(怖い…)
 楓は素直にそう感じていた。自分を守ることのできない衣装に身を包まれ、いざというときに対処が遅れてしまいそうな己の心変わり。それらはより楓に不安を与えてくる。
「エリィさん」
「なーにー?」
 エリィの声に少し安堵して、楓はずっと疑問に思っていたことを口にした。
「あの、どうして私にここまでしてくれるんですか?」
 正直、オシャレをする気など毛頭なかった。今日だって、普段着をいくつか購入して早々に済ましてしまうつもりだった。
 オシャレなんてガラじゃないと思ったし、似合うとも思っていなかった。
 しかし、エリィはこうして楓を気遣い、「似合うよ」と言葉をかけてくれる。自分の知らなかったこと。自分の知らない世界。そんな場所へと手を引いてくれた。
 それらの意味を込めて、そんな質問を口にしていた。
「なんでって…そんなの当たり前でしょ」
 カーテン越しに「よいしょ」という声と、しゅるしゅると衣擦れの音が聞こえる。
友達…だからね♪」
 エリィの言葉にそうなんだ、と今更のように呟き、楓はほんのり頬を朱に染める。
 極力、人との関わりを避けてきた楓であったが、こうして友達として誰かと言葉を交わすことに確かな喜びを感じていた。
「よーし、おっけぇ!」
 すると、御披露目とばかりに勢い良く引かれたカーテンから現れたエリィは、ビシッとポーズを決める。
「じゃーん!」
「え、エリィさん! 水着じゃないんですから!」
 殆ど水着と大差ない格好に楓が顔を真っ赤にしてカーテンを閉めにかかる。
 結局、それから1時間ほど服選びに没頭して、他に必要な物を買い集めて志狼たちの待つオープンカフェに合流した頃にはすっかり夕方になってしまっていた。






 それにしても、この反応は過剰すぎやしないだろうか。
「…か、楓、どうしちゃったの?」
「えっと…良く似合うと思うぜ」
 男二人組の反応に、当の楓が恐縮してしまっているのだが、エリィの目論見は概ね成功したことになる。
 あの後、結局ひらひらフリルをやめた楓はエリィの見立てで一着のワンピースを購入していた。
 飾り気が多いわけでもなんでもない、大人しい目の淡い緑のワンピース。肩が出ていたので隠すことと上着代わりを目的に前開きで丈の短い白い半袖のシャツを着ている。
 全体的にやや動きにくそうではあるが、楓にとっては初めての試みだけに多少は意識しているらしく、先ほどから落ち着きなく服の皺を直している。
「本当は最初のやつが良かったんだけどな〜」
「あ、あれはダメです! 私には似合いませんよ!」
 とっさに否定する楓に、エリィはもったいないと呟く。
「最初のって?」
 志狼の問いに大慌てになる楓に、エリィも面白がって実は〜、などと声を潜める。
 しかし本当に良かった。
 いろいろ試行錯誤をした甲斐あって、楓も服を気に入ったようだし、男二人も楓の魅力に少しは気づいたようだ。
(問題はヨーヘーくんがどうか…なんだよね)
 いっそのこと、ブリットに銃で威嚇させながら楓に会わせるというのはアリだろうか。
 そんな危険思考にエリィはぶんぶんと頭を振る。
 大丈夫。そんなことをしなくともきっと陽平だって楓の魅力をわかってくれるはずだ。同姓の自分でさえ可愛いと思うのだから、陽平が超がつく鈍感でない限りは大丈夫のはず。
(……鈍感…だよね)
 光海があれだけアタックをしているのに気づきもしないというのは、流石に超がいくつか付く鈍感かもしれない。
 少し頭が痛くなった瞬間であった。
「ところでシロー」
「あん?」
 エリィに声をかけられ、志狼はグラスの氷から視線を上げる。
「私への言葉がなーいっ!!」
 ビシッとストローを突きつけるエリィに、志狼はエリィの姿を再確認する。
 こちらはこちらでいつもと違う雰囲気を纏っている。
 スカートが主のエリィにしては珍しくジーンズの上下。ぴったりめのズボンに、白いTシャツ。そしてズボンとお揃いの上着はあえて前を開けることで解放感を与えている。
 可愛いというよりも、むしろかっこいい部類に入る姿に、志狼はほぅ、と息を漏らす。
「馬子にも衣装ってやつだな」
 からかうように笑う志狼にエリィの表情がムッとする。
「なによシロー、素直に褒めてよー!」
「褒めてるっての」
 二人の激突は今に始まったことではないが、柊も楓も圧倒されたように苦笑を漏らす。
 ちなみに柊が先ほどから無言なのは目的のプラモデルと一緒に購入したDX玩具で遊んでいるからであることを補足しておく。
「むぅ〜…シローのばか!」
 エリィは唸りと共にレモンティーについていたレモンを志狼の顔に向けてギュッと絞る。
 それはほんの冗談のつもりだった。
 しかし、それは意図せず志狼の瞳に飛び込み…
「痛ぅっ!」
 とっさに目を庇うが時遅く、汁は瞳に激痛を走らせる。
「あっ、ごめん…シロー大丈夫!?」
 思わず立ち上がるエリィの足がテーブルを揺らし、卓上のグラスが一斉に横倒しになる。
「エリィさん、落ち着いてください。志狼さんは私が看ますから」
 そうしている間にも柊は玩具を避難させ、テキパキとテーブルの上を片づけていく。
「志狼さん、目を開けられますか?」
「ああ、大丈夫心配ないって…痛っ!」
 心配ないと志狼はゆっくり瞼を開けようとするが、やはり柑橘系の汁は刺激が強いらしく、走る痛みに思わず目を閉じる。
「ほい、おしぼり」
 柊に手渡されたおしぼりで瞼の上から触れるように撫でていく。
「しみますか?」
「大丈夫だって。驚いただけだから」
 その時、突然テーブルの上にあった携帯が着信を知らせる電子音を鳴り響かせた。
 呼び出しは…ラストガーディアンから。
「ほいほ〜い」
 気の抜けそうな柊の声に電話の向こうで溜息が聞こえる。
「志狼のアニキ」
「敵か?」
 志狼の言葉に柊が打って変わって真面目な表情で頷いた。
「なんか別のトコで取り逃がしたのが来るみたい」
「なら伝えてくれ。逃がした分はこっちでなんとかするってな!」
 そう言うと、志狼は腰から引き抜いたナイトブレードを大剣へと変える。
 ゆっくりと瞼を開け、何度か瞬きを繰り返すと大丈夫だと小さく頷く。
「シローっ!」
 不安を拭えないエリィの表情に、志狼は不適な笑みでサムズアップすると、手にした剣を振り上げた。
ヴォルッ、ライッ、ガーァァァッ!!!
 仲間が取り逃がしたほどの相手。手を抜けばこちらも出し抜かれる可能性がある。
 召喚と同時に雷獣合体を果たし、志狼はヴォルライガーへと身を投じる。
「柊、楓、サポートしてくれ!」
「あいよっ!」
 懐から弾くように上へと投げた風魔手裏剣を手に、柊もまた不適な笑みを浮かべる。
「「風魔流忍巨兵之術っ!」」
 双子の忍びが変化と同時に忍巨兵を召喚。青と赤の閃光が空中で螺旋を描くように絡み合う。
「「双頭獣忍者合体ダブルッフウマァァッ!!!」」
 地上では深緑の雷獣、空では青と赤の双頭獣が敵の姿を待ち構える。
 しかし、よくよく考えてみればこうして敵が来る前に召喚してしまっても良かったのだろうか。まぁ、今更。まさに後の祭りなのだが。
「来ま──!」
 だが、楓の言葉が終わる前に敵はこちらの脇をすり抜けていく。
「伏せろっ!」
 柊の声にヴォルライガーがエリィを守るように伏せ、ダブルフウマは腕を交差して防御の姿勢を取る。
 刹那、凄まじい突風が二機を吹き飛ばさん勢いで走り抜け、同時に周囲を切り刻んでいく。
「は、速いッ!?」
「驚くのは後。次っ!」
 反転して再び襲い来る敵機に、ダブルフウマは両腕のスラッシュクローを構える。
 そして再びすれ違う瞬間に振り下ろし…
「うわあああぁっ!?」
「くぅっ!!」
 爪を当てることさえ出来ずに弾き飛ばされ、風に翻弄されながらもクルリと着地する。
「なら俺がっ!?」
 立ち上がるヴォルライガーがライガーブレードを引き抜き、再び襲い来る敵機めがけて走り出す。
「うおおおおおっ!!」
 敵機が自らを取り巻く風さえも斬り裂き、その機体に刃が…
「くっ!?」
 刹那、僅かに視界が歪む。だが、その僅かは切っ先を目標から大きく外し、逆にカウンターの一撃をまともに喰らう結果となる。
「ぐううぅぅッ!!!」
 滲む視界が邪魔をする。僅かながら失われた平衡感覚が着地にまで影響を及ぼし、ヴォルライガーが膝を突く。
「シロー…?」
 エリィが不安の表情を浮かべる。
(おかしい、いつものシローらしくない)
 彼の剣の腕、見切りの目を持ってすれば今の一撃を外すとは思えない。
 一番近くで彼を見てきたエリィにはわかる。
(シロー…やっぱり目が!)
「惜しいっ!」
「ですが今のタイミングです。志狼さんなら次で確実に当てられます」
 二人の声に、志狼は額に汗を滲ませながらも頷いて見せた。
「任せろ、次で決めてやるぜ」
 だが、やはり共に戦ってきたパートナーも異変に気づいたらしく、戸惑いを浮かべる。
「心配するなって。これで…」
 剣を構え、地を蹴って走り出す。
「決めるっ!!!」
 他に攻撃手段がないのか、やはり頭から突っ込んでくる機影に刃を水平に構え…
「うぅわあああああっ!!!」
 だが、今度は触れることもなく弾き飛ばされていくヴォルライガーにエリィは思わず駆け出していた。
「シローーーっ!!」
「にゃろ! 楓、バーストフレアだ!!」
「駄目。エリィさんがあの距離にいるわ。迂闊に術を撃てば彼女を巻き込んでしまう!」
 そう言うと、楓はダブルフウマのスラッシュクローを構えなおし、徹底して武器での近接戦に持ち込んでいく。
 しかし凄まじい速度だ。瞬間加速度ならばクロスフウガの霞斬りにも匹敵するこの速さは、確かに一筋縄ではいかない。
「これなら取り逃がしたのも頷けます」
 ヒット&アウェイを徹底すれば飛べない勇者はおろか、素早さで群を抜いた勇者たちでさえ攪乱されかねない。
 もしもこんなものを量産されでもしたら恐ろしいことになる。
(トリニティは本気でラストガーディアン対策に重点を置き出した)
 度重なる人海戦術。勇者たちの攻撃を吸収するもの。その攻撃で成長するもの。そして一つの能力を追求したもの。
 このままでは、いつかラストガーディアンへの総攻撃が始まってしまう。
「いったいどうすれば!!」
 精神的にも肉体的にも追い込まれ、楓は足掻くように声を荒げた。






「シローっ!!」
 聞き慣れた声に、志狼はぼやける視界の中からエリィを探す。
 随分とマシにはなってきたが、これでは剣を振るえても正確に狙うことはできない。
「シロー…」
「そんな声出すなよ。あんなやつ、俺がブッた斬るから!」
「その目じゃ無理だよ!!」
 エリィの叫びに志狼はゆっくりと頭を振る。
「諦めねぇ。俺が目指す場所はもっともっと上なんだ」
 こんなの鍛錬みたいなものだと笑ってみせる志狼に、エリィは頬に滴を走らせる。
「私が…シローの目になれれば…」
 しかしヴォルライガーは二人乗りではない。もし頭に掴まりながらそれができたとしても、敵の生み出す突風に容易く飛ばされてしまう。
「今の、本気ですか?」
 そんな声と共に、空で戦闘を続けていたはずのダブルフウマが着地する。
 いたるところが傷だらけなのはやはり装甲の薄さ故か。
「エリィさん、本気で志狼さんの隣に立つ気がありますか?」
 再び問う楓に、エリィの目がヴォルライガーとダブルフウマを何度も往復する。
「私は…」
 志狼の隣へ。確かにそれは願ってもないことだ。いつも志狼と肩を並べて戦う人たちを羨ましく思ったこともある。しかし、実際に隣に立つとなると、その不安はエリィの想像していたものと比較にならない恐怖を与えてくる。
(怖い…)
 自分の知らない世界へ飛び出すことのなんと恐ろしいことか。
 楓も先ほど同じ気持ちを感じていたが、エリィにはその恐怖に抗う術が思いつかない。
「私は…」
 迷うエリィに、ダブルフウマを分離させてクウガを着地させた楓は、ふわりとエリィの目の前に飛び降りた。
「んじゃ、とりあえずオイラが食い止めてっから!」
 地を蹴ってビルの屋上まで飛び上がるロウガは、迫り来る敵に風を纏った蹴りを放つ。
「エリィさん」
「楓…ちゃん」
 歩み寄る楓に、エリィの瞳が震える。
「私が貴女の力になります」
 楓の言葉にエリィが「え?」と声を漏らす。
「エリィさんがその気なら、私は全力で貴女の力になります。貴女を守り、貴女の望みへ近づけます」
「楓ちゃん、私…」
 楓の言葉に、エリィがヴォルライガーを振り返る。
(シロー…)
 再びエリィが楓を振り返り、まだ不安の抜けきらない、しかし確かな気持ちで頷いた。
「私が、シローの目になる!」
「お、おい! エリィ! 楓!」
 抗議の声を漏らす志狼に、二人は応えない。もう気持ちは固まったらしく、こうなってしまうと梃子でも動かないだろう。
「わかりました」
 そう言うと、楓は装束を脱ぎ風魔楓としてその場に片膝を突く。
「姉さん、椿姉さん! 近くにいますね。見ていますね。お願いがあります!」
 楓の言葉に、相変わらず姿は見えないにも関わらずその存在感は近くに現れた。
「私と比べられることを何より嫌い、家を出た貴女が私にお願いとは珍しいことですね」
 椿の言葉が胸に刺さる。が、楓は構わず言葉を続ける。
「お願いがあります。無理を承知で、姉さんの持つ忍獣サイハを貸してください」
「……」
 吟味しているのか、椿はなにも答えない。
 そんな間がじれったく、楓は両の膝と手までもをつけ深々と頭を垂れた。
「お願いします!」
 あれほど椿を嫌っていたのに、その理由が姉へのコンプレックスであったはずなのに、楓は迷うことなく頭を下げる。
 そんな楓の姿に、エリィも同様に膝をつく。
「お願いします!」
 楓の言う忍獣サイハがいかなる物かはわからない。だが、それで本当に志狼が助けられるならば…。
「「お願いしますっ!」」
 二人の言葉になにを感じたのか、椿はぽつりと言葉をもらし始めた。
「……忍獣サイハは才ある翼の名を与えられたもの。いかに量産されたそれとて、力を引き出すのは私とて容易ではありません」
 特に、今椿の持つ忍獣サイハは、より扱いが困難な弐式。壱式はこの世界に来る際に、前の世界に置いてきてしまっている。
 風雅忍軍当主より預けられた最強最後の忍獣サイハ。
 それ単体ではクリムゾンフウガなどと大した違いはない。しかしサイハの本質は単体での戦闘力ではなく、究極の互換性。いかなる忍巨兵とも合体を可能にしたそのバリエーション豊富な合体形態は、忍巨兵以外の同サイズメカとて決して例外ではない。
 故に扱いは困難であり、優れた忍びである椿に託されたほどの忍獣。
「それだけでなく、共に…ということは、戦場に降りるということ。相応の覚悟はありますか?」
 その言葉に迷うことなく頷くエリィに、満足したのか椿がようやく姿を現した。
「それならば、私からはもうなにも言うことはありません。これを貴女に託します」
 椿の手にした勾玉が煌々と輝き、空を裂いた鋼の翼が舞い降りる。
 薄い緑を基調とした孔雀型の忍獣、それがサイハである。
「これが…サイハ」
 驚くエリィに楓が頷き、サイハへと促す。
「…ねぇ楓ちゃん、どうして私にここまでしてくれるの?」
 先ほど楓に尋ねられたのと同じ質問を口にするエリィに、当たり前だとばかりに楓は笑ってみせた。
「だって私たちは…」
 視線を交わしあい、二人は共にその言葉を口にする。
「「友達だから」」
 そして互いに笑いあい、二人は改めてサイハを振り返る。
「では、そろそろいきましょう。柊もロウガもそう長くは持ちません」
「うん。一緒に! シロー、今そこにいくよ!!」
 楓は炎王式匕首を、エリィは椿に渡された勾玉を手に、勢い良く空へと掲げた。
風魔流忍巨兵之術っ!!
才ある翼よ! 我を剣のもとへ誘えっ!
 二人の少女が光となって赤と緑の鳥へと融合する。
「エリィさん、私に続いてください!」
「う、うん!」
 慣れない行動に戸惑いながらも、エリィはサイハに飛翔のイメージを与える。
 先行するクウガが危機一髪のロウガを助け出し、サイハはヴォルライガーの上で刃翼を羽ばたかせる。
「エリィさん、志狼さんの…ヴォルライガーの翼をイメージしてください!」
 そうすることで、より正確な合体を行うことができる。
 想像力が豊富で、強い精神力を持つエリィにとって、仮想の姿を浮かべることなど造作もない。
 エリィの思い描いた翼は、虹色の翼を輝かせながら舞うヴォルライガー。
「エリィ…」
「シロー…。──いくよ!」
「おうっ!!」
 その声に頷き、志狼もまた渾身の力で飛び上がる。
「「雷刃合体っ!!」」
 クリムゾンフウガと同様にサイハの腹部を外し、二つに割って背中へと付け直す。それらが展開変形することで大型のブースターが出来上がる。
 爪が反転して銃身が現れ、サイハがヴォルライガーの背に覆い被さる。
 砕刃【さいは】と呼ばれる四対もの刃翼の位置が上にズレ、四枚の尾羽が二枚ずつ翼の下へと展開する。
 ヴォルライガー内部の志狼の前に、跪き、孔雀の刺繍が施された丈の長い着物を纏ったエリィが現れ、光る刀を志狼に差し出した。
「エリィ…」
 呟くような志狼の声に頷くと、エリィは差し出したやや長い刀を包み込むように抱きしめると、くるりと志狼に背を向ける。
「シロー」
 今度は呟くようなエリィの声に志狼が歩み寄り、光る刀の柄を握りしめる。
「「雷・刃・解・放!!」」
 声を重ねてエリィが鞘を引き抜くと、志狼の衣装が緑に金の刺繍を施した袴姿に変わり、ヴォルライガーは背中の鳥頭を掴み、徐に引き抜いた。
『オオオオオオォォッ!!! ウイングッ、キャリバーァァッ!!!!
 それと共にヴォルライガーの角が翼状に変化。瞳を煌々と輝かせてウイングキャリバーを振り下ろす。
「「雷刃っ、合体っ!!
クロスソーォォドッ、ヴォルッ、ライッ、ガーァァッ!!!!」」

 虹色の稲妻を奔らせ、CS【クロスソード】ヴォルライガーは静かに空を見上げる。
 計12枚の砕刃がヴォルライガーを彩り、ライガーブレードよりも長いウイングキャリバーは、振るたびに光の残像を描く。二門のビーム砲は両肩から突き出し、額の角飾りが金色に輝いた。
 今ここに、空を舞うヴォルライガーが誕生した。
「な、なんか飛ぶのって地に足がつかなくて妙な感じだな」
 志狼の言葉に、振り返るエリィも頷いた。
 だが、それ以上にエリィの身体を駆け巡る力は、刻一刻と彼女の身体を蝕んでいく。
(すごい…圧力。なのに……身体中から溢れてきそう…。シローはずっとこんな中で戦ってたんだ)
 実際はそれが原因ではないにせよ、合体の度に筋肉痛に悩まされる幼馴染の気持ちが少しわかった気がした。
「あ、シロー…目は?」
「大丈夫だって言ったろ? ちょっと視界がボヤけてるだけで、もう痛みはないからな」
「うん…」
 志狼の言葉を聞いてもまだ不安は消えない。深刻な面持ちで頷くエリィに、志狼は困ったとばかりに溜め息をもらす。
「あの、お取り込み中に申し訳ないのですが戦闘中ですので…」
 柊のロウガと再合体を果たした楓の言葉に、志狼もエリィも申し訳ないとばかりに照れ笑いを浮かべる。
「来ますよ!」
「ちょ、ちょっと待って! どーやったらいーの!?」
 いきなり戦えと言われても、なにをどうすればいいのかなんてわからない。慌てるエリィに落ち着くよう声をかけながら、志狼は襲い掛かるソニックブームに身構える。
「イメージしてください! エリィさんは今、ヴォルライガーの翼です! より正確に飛翔のイメージを!」
 ダブルフウマが見事な宙返りで攻撃をかわし、遅れて襲い掛かるソニックブームに顔をしかめる。
 現状、忍獣サイハはヴォルライガーの翼となっているために飛翔などの動作以外は行う必要がなくなってくる。故に飛翔という行為にのみ集中することができるのだが、初めて戦場に、最前線に立ったエリィにはそれさえも酷というもの。
 突然目の前に現れた敵影に、思わず涙を浮かべながら瞼をぎゅっと閉じる。
「くそっ!!」
 咄嗟にウイングキャリバーを振り下ろすがやはりタイミングが合わない。
 なんとか突撃を避けることには成功したが、ソニクブームは容赦なくCSヴォルラウイガーを吹き飛ばしていく。
「うわあああああああああッ!!!!」
「あ…、シローーー!!」
 ダイレクトにヴォルライガーからのダメージがリンクする志狼を振り返り、エリィは思わずその身体を支えようと両腕を伸ばす。
 するとどうしたことか、CSヴォルライガーの身体は見事な宙返りを果たし、再び空中での体勢を立て直した。
「やったな。今の調子だぜ、エリィ!」
 やや顔をしかめながらも親指を立てる志狼に、エリィはわけがわからないと疑問符を浮かべる。
「エリィさん、わかりますか? 今のように倒れる志狼さんを支えようとした気持ちは、そのままCSヴォルライガーを支えています」
「私が…支える?」
 いつも、いつも守られているとばかり思っていた。それは今も変わってはいないが、まさか自分が志狼を支えることができる日が来るとは思ってもみなかった。
 正直、志狼にしてみればいつも支えられているのだが、そんなことを口にするのはさすがに気恥ずかしすぎる。
「エリィさんの気持ちが、想いが、ヴォルライガーと志狼さんを守るんです」
「楓、余所見してるとあぶねーよ?」
「それなら柊がかわして!」
 突然ダブルフウマ・ビーストに組み変わると、くるくると回転しながら跳躍。襲い掛かる敵機にファントムクローを振り下ろした。
「お、当たった♪」
 体勢を崩しながらも空へ逃げる敵機に、柊はラッキーと呟きながら目で追いかける。
 そもそも、飛べないとはいえ、より風王の力が表に出ている状態のダブルフウマ・ビーストの方が風に対する抵抗力があるのは当然だった。
「うーん、おもいっきり忘れてた」
「はぁ…。いえ、私も忘れていたので柊を責めるつもりはないけど…」
 双子の忍びの会話に苦笑を浮かべながらも、志狼はエリィの肩にやさしく手を触れる。
「今度は俺たちの番だな」
「………うん!」
 怖い。本当は逃げ出したいくらい怖い。でも志狼がこんなに傍にいてくれる。友達が助けてくれる。そう思うだけで力はエリィの胸の内からどんどん沸いてくる。
 再び襲い来る敵機に目を向け、エリィの気持ちがそれを追い越していく。
 イメージは飛翔してすれ違い、相手の背後を取ること。
 エリィのイメージは正確にCSヴォルライガーに伝わり、想像していた通りの動きで敵影とすれ違う。
(背後を取れた! ここで…)
 ここで射撃を考えていたのだが、ふと気付いたときには時遅く、射撃武器を持たないヴォルライガーはイメージ行動が取れず、身動きの取れないまま背中にソニックブームを叩きつけられる。
「きゃあっ!」
「くっ、エリィ無事か!!」
 心配をしながらも顔をしかめる志狼に、突然エリィが掴みかかる。
「もぉ、なんでビーム砲とかついてないのよ!!」
「俺の所為じゃねぇだろそれは!!」
 戦闘中にも関わらず噛み付きあう二人に、ダブルフウマ・ビーストが駆け寄り、
「落ち着いてください! 忍巨兵の射撃兵装は中の動きに連動して起動します。サイハの砲はビーム砲ではなく、投擲武器です!」
「とーてき?」
「投げる武器です。構えればクナイを装填、エリィさんが投げることでそれを発射します」
 楓の言葉に、クナイを持つように身構えれば確かに光るクナイが手の中に現れた。
「オメーの所為じゃねぇか」
「なにぉー!」
 志狼がぽつりともらした言葉にエリィが再び食って掛かる。
 この二人、戦闘中だという緊張感はどこへいってしまったのだろうか。溜め息をつく楓に、柊はまぁまぁ、とフォローを入れておく。
「全てとは言いませんが、エリィさんのイメージはほぼそのままサイハに伝わると思ってください。あとは……、エリィさんの想像力次第です」
「楓ちゃん……まかせてよ!」
 珍しくサムズアップを交わす楓とエリィに、柊の冷た〜い視線が突き刺さる。
「楓ー、そっちもいいけどこっちほったらかし?」
「柊が二人分動いて」
「おいおい」
 思わずツッコみを入れながらも、志狼は手にしたウイングキャリバーを構えなおす。
 もう大丈夫だ。全ての流れはこちらに味方している。
「いつまでもこんなやつに構っていられるか。エリィ! 柊! 楓! 一気に畳み掛けるぞ!!」
 志狼の号令にダブルフウマ・ビーストが腰を落とし、風遁を胸の狼で押さえ込む。
「フウガパニッシャーほど威力はないけど、これだって強力だぜ! ストームブレスッ!!!
 派手な音と共に撃ち出された強力に圧縮された風の塊は、直撃とまではいかないものの、周囲の風を巻き込んでいくように敵機の翼を掠めていく。
「砕刃…、いっけー!!」
 エリィの声に呼応するかのように自動的に切り離されていく刃翼が、まるで意思をもっているかのように襲い掛かる。
 だが、さすがに速い。どれとして掠ることもなく飛び越えていく。
「これが当たらないのは計算のうち♪ 本命はこっち!!」
 エリィが手にしたクナイを一本、二本と立て続けに投げつければ、CSヴォルライガーの肩にあるビーム砲から弾丸のような回転のかかったビームクナイが発射され、敵機の翼を切り落とす。
 目に見えて相手の速度が落ちた。
「よぉし、いくよ! シロー! 楓ちゃん! 柊くん! CSヴォルライガーさん!!」
 エリィの声に皆が一斉に頷いた。
「柊、ここはお願い!」
「あいよ!」
 再び分離したクウガがCSヴォルライガーの上空を旋回する。
炎王武装、フェニックスセイバーッ!!!
 クウガが赤い粒子となってCSヴォルライガーの右腕に同化する。更には分離した刃翼がクウガの先端に組みあがり、巨大な剣を形成する。
 フェニックスセイバーの翼から噴出した炎がCSヴォルライガーを赤く染め、刀身を黄金色に輝かせる。
『いくぞ! この一撃、エリィと楓の友情に捧げる!!』
「うおおおおおおおおおおおッ!!!!」
 燃えているにも関わらず全身から放たれる紫電に、周囲の瓦礫が一瞬で砂に変わる。
 足元が超重量で押しつぶされたようにクレーターを穿ち、CSヴォルライガーがフェニックスセイバーを振り上げた。
風魔流、超獣咆縛【ちょうじゅうほうばく】!!!
 ここぞとばかりに狼形態のロウガから放たれる風の振動に、敵機が空中に固定される。
「「「今だああぁぁッ!!!!」」」
 志狼、エリィ、そして楓の叫びが一つになる。
 霞斬りにも匹敵する超速度で接近すると同時に、フェニックスセイバーの翼が爆発したかのように炎を吹き出した。
「「「ライガーァァッ!!
    トライフィニイィィッシュッッ!!!!」」」

ドシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!!!

 相手の目の前から更に加速。炎と雷を纏った大剣の一撃が、刃に触れる敵機を文字通り消滅させる。
 そのあまりの破壊力に周囲の空間が押し潰され、切り裂く≠ナはなく消滅≠ニいう形でその威力を発揮した。
 黄金の光は真っ赤に染まった空へと伸び、雲を突き破って消えていく。
 いつの間にか隣に佇む楓の姿に、エリィは立ち上が……ろうとしてそのまま楓の腕の中によろめいた。
「あは♪ つ、疲れたぁ〜…」
 見れば全身汗だくになり、ダッシュでフルマラソンを行った後のように胸や肩、全身で荒い呼吸を繰り返す。
「お疲れ様です、エリィ…」
「うん、お疲れ様、楓…」
 そんな二人の少女の笑顔が眩しかったのか、それともようやく沈もうとしている夕日が眩しかったのか、志狼は優しげな笑みを浮かべると静かに瞼を閉じた。
「CSヴォルライガー…」
 そう呟く志狼に頷くと、フェニックスセイバーを振ってCSヴォルライガーがいつものようにあの言葉を口にする。
『この友情、断てる悪なし!!』
「そして、俺たちの剣に斬れぬものなし。だな」
 こうして、CSヴォルライガーの上げる勝利の咆哮と共に、ようやく戦いの幕が下ろされた。






翌日、ラストガーディアン内食堂──。

 先日の苦労を話して聞かせる志狼に、陽平はへぇ、と感心したように相槌をうつ。
「そういえば、確か柑橘系の汁って失明とかするんじゃなかったか?」
「らしいな。おかげで帰って早々医務室に連行されたよ」
 そう言って苦笑を浮かべる志狼に、陽平もつられて苦笑を浮かべる。
 どうしてだろう。なんだか他人とは思えない。
「ははは。そういえばもう見たのか?」
「見たってなにを?」
 そんな話をしていると、食堂にエリィと見知らぬ少女が入ってきた。
 だが、あんな娘いたかななどと思案をする陽平に、その二人は近づいてきて…
「ヤッホ。ヨーヘーくん♪」
「あ、ああ」
 曖昧な返事を返す陽平に、エリィが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ねぇねぇ、気になる?」
 実に楽しそうにそんなことを尋ねてくるエリィに、陽平は再び曖昧に頷いた。
 むしろ混乱に近い陽平の態度に、エリィはやれやれと溜め息をつく。
「ヨーヘーくん、ホントにわからない?」
 そう言って見知らぬ少女の肩を抱くエリィに、なにがなんだかといった表情の陽平。
「いや、さすがにそこまで鈍感ってのもどーだよ」
 志狼のツッコミで更に困惑。どうやらホンキで誰だか認識できていないらしい。
「あの、先輩。私です…」
 先日購入した、エリィに選んでもらった服に身を包み、わざわざ薄い化粧まで施した楓の言葉でようやく我に返ったのか、陽平は心底驚いたように声をもらした。
「へぇ…、見違えたぜ」
「ヨーヘーくん、もうちょっと他の言葉がないのかにゃ?」
「ん? かわいいぜ〜とか、きれいだな〜とかってことか? そんなの前から知ってるし、わざわざ言うことでもねぇだろ?」
「そーれーでーも! こういうときはちゃんと言ってあげるものなの!!」
 ビシッ! と人差し指を立てるエリィの気迫に押される陽平に、楓は頬を真っ赤に染め上げる。
 よもやそんなことを思われていたなどとは露知らず、今更聞かされた言葉に恥ずかしそうに俯いてしまう。
「ま、観念して楓とデートでも行ってきたらどーだよ?」
「せ、先輩とデート!?」
 志狼の言葉に、言われた当の陽平ではなく楓の方が激しく動揺する。
「まぁ、俺は別にいいけど」
「い、いいんですか!? そんな簡単にOKしてしまって!!」
「なに焦ってンだよ。別にデートくらいいいんじゃねぇの?」
 果たして、光海が相手でもこの言葉が出るか甚だ疑問ではある。
「じゃあじゃあ、ヨーヘーくんは楓とどこ行きたい?」
「ちょっとエリィ、勝手に決めないでよぉ!」
 ふざけ合うエリィと楓の姿に、陽平は一人疑問符を浮かべる。
「エリィに……楓? なにがあったんだ?」
 陽平の問いに志狼はさぁな、と頭を振る。
 いつの間にか互いの呼び名が変わっていることに疑問を覚えながらも、陽平はとりあえずどこに行こうかと思案を始める。
「ちょっとエリィ!」
「あはは♪ 楓ゴメンってばー!」
 そんな平和そうな声を聞きながら、少年二人もつられたように笑みを浮かべる。
 今日も今日とて、ここは笑顔に満ちていた。